飛竜を貸してくださいな

「うーん。流石に歩き通しは疲れます……」


 蝶に変身し、屋敷を飛び出したミュリエルは、ひたすらにとある方向に向かって歩き続けていた。


「北の山脈まで飛竜をお借りしたいのですが、どこに頼みましょうかねぇ」


 エオライトはあっさり離縁に応じてくれるだろうと思っていたのだが、思いの他渋った上、屋敷の警備を厳重に固めてしまった。国王夫妻に離縁の件について連絡が行くのも時間の問題だろうと、実の所ミュリエルは作戦を前倒しして、あの屋敷を飛び出してきたのだった。


「お母様とお父様にバレたら、大変なことになってしまいますからね。さっさと出発するに限ります」


 まあでも、とミュリエルは元気に足を踏み出す。


「セクシーボンバーの実さえ手に入れば、それで良いのです」


 あはは、と歩きながら朗らかに笑った。

 セクシーになると決意したミュリエルには、実は具体的な作戦があった。

 食べ物や生活習慣を変えてセクシーになろうと思っても、すぐに胸が大きくなるとは限らない。それに骨格というのは遺伝があるため、ベアトリーチェほどのメリハリのある体を手に入れるのは難しいとミュリエルは考えた。


 そこで。

 骨格ごと、全て変えてしまえばいいのではないかとミュリエルは思いついたのだ。そんな方法、あるのかと言えば、実はある。


 北の山脈に、もうじき睡眠期から目覚める伝説のフレイムドラゴンがいる。

 そのドラゴンは、食べればなんでも願いが叶うと言われる『願いの果実』を抱いて眠っているらしい。ミュリエルはその果実を少し分けてもらって、セクシーになるつもりだったのだ。

 北の山脈は、ここからだとかなりと遠い。少なくとも、歩いて行けるような距離ではないだろう。だからミュリエルは、移動用に人に慣らした竜、飛竜を調達しようと考えたのだ。


「騎士団や運送業者に頼めば飛竜を貸してもらえるかもしれませんが、流石に怪しまれますよねぇ」


 時刻はもう昼だ。

 エオライトもミュリエルの不在に気づいて、とっくに動き始めていることだろう。ここまで歩いたり飛んだり隠れたりしてうまいことやってきたが、このままだと見つかってしまうのも時間の問題かもしれない。

 形態変化術は便利だが、持続しないのが難点だ。そのうち変身もできなくなってしまう。


「さて、と……ん?」


 街道を歩いていると、やけに武装した旅人が増えてきたことに気づいた。次の街が近いのだろう。

 そこでミュリエルはポンと手を叩く。


「ああ、冒険者ギルド! あそこなら飛竜を貸していただけそうですね!」


     *


 フォーサイス領ウィステリアからやや離れたのライカの街には、冒険者ギルドのライカ支部があった。

 ついこの間ギルドマスターが変わったばかりで、ミュリエルはギルドマスターとは面識がなかった。この分なら、もし鉢合わせたとて気づかれないだろうと踏んで、早速中に入ってみる。


 いかついおじさんたちが多い中、明らかに場違いな格好をしたミュリエルはかなり注目を集めていた。

 そんなことは気にせずカウンターに近づくと、綺麗な受付嬢がにっこりと微笑んだ。


「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」


「こんにちは。飛竜をお借りしたいのですが、今空いてますか?」


「冒険者ギルドに登録はされていますか?」


「いいえ」


 首を横に振ると、受付嬢は少し眉を寄せた。


「ごめんなさいね。登録していないと、飛竜を貸すことはできないんです」


(そりゃあそうですよね……)


 騎士団に見つかるわけにはいかないし、運送業者の邪魔をするわけにもいかない。冒険者ギルドなら金さえ払えば貸し出してくれるのではないかと思ったが、冒険者ではない一般人には貸してはもらえないようだ。


 うーむ、とミュリエルは顎に手を当てた。

 さて、どうしたものか。

 北の山脈まで、飛竜に乗った冒険者に送ってもらうという依頼を発注するか。


(なんか怪しまれて止められそう。それに、途中で裏切られたら厄介ですしね……)


 彼らは通信具で常に連絡を取り合っている。

 ミュリエルはエオライトの庇護下に入ったので、もしも保護命令が出されれば、冒険者たちはエオライトの命令に従うことになる。

 途中で裏切られて、進行方向を変えられたりしたら厄介だ。


(できれば、私一人で行きたいんですよねぇ)


 単純に、危ないから。


 そんなことを考えていると、ふとそばにあった掲示板に目が止まった。



〝冒険者募集中♪〟



「…………」


 じーっと張り紙を見るミュリエルに、受付嬢が首を傾げる。


「……では、冒険者になれば、飛竜を貸していただけるのでしょうか?」


「へっ?」


 ミュリエルがそう言うと、受付嬢は目を瞬かせた。


「えっと……試験を受けて合格されれば、確かに可能ですが……」


 結構難しいんですよ? と受付嬢は試験内容を教えてくれた。

 試験内容は二つ。

 簡単な筆記試験と、実技試験だ。

 それと簡単な健康診断もあるらしい。


「なるほどなるほど。わかりました。では、ぜひ受験させてください!」


「えええっ」


 周りにいた冒険者たちもざわついた。

 突然チビで華奢な女の子がそんなことを言い出したのだから、驚くのは当然だろう。


「おいおい、嬢ちゃん。ここは遊び場じゃないんだぜ? あぶねえから、そう言うのはおじさんたちに任せときな」


「ご忠告ありがとうございます。だけどどうしても、冒険者になりたいんです!」


 そう言ってキラキラした目を向けると、みんなどうしたものかと目を合わせて、困ったような顔をしていた。世間知らずのお嬢様が、おかしなことを言い出したと思っているのかもしれない。


「いいんじゃないか?」


「!」


「テストしてやれば」


 ざわつく冒険者たちの声を遮って、深くて渋い声が聞こえてきた。 

 見れば、二階へ続く階段の前で、腕を組んだ大柄な男が、壁に背を持たせかけて立っていた。

 ウェーブした黒髪に、額から左目にかけて走る大きな傷。

 年は三十代後半くらいだろうか。

 男性はにっこり笑ってこちらへやってくる。

 

(おおお、かっこいいおじさんです!)


 ミュリエルは目を輝かせた。

 只者ではない感じがして、ワクワクする。


「嬢ちゃん、どうしても冒険者になりたいか?」


「はい!」


 キラキラした目でそう言うと、男性はうむ、と頷いた。


「俺はギルドマスターのスタイン。嬢ちゃんの情熱に応じて、特別に試験を計らってやるよ」


「えっ? 本当ですか?」


「ああ。通常なら、Eランク相当の依頼を数回こなしてから、認定するんだが……急いでるんだろう? 特別に、一回だけのテストで、実力を見てやろう」


「わあ、ありがとうございます!」


 ミュリエルは頭を下げた。

 しかしスタインは、その代わり、と指を立てた。


「ここにいるAランク以上の冒険者と一戦交えてもらう。それに勝てたら、冒険者資格をやろう」


「ええっ? ちょ、スタインさん!?」


 受付嬢が焦った声を出した。

 スタインは、ミュリエルが諦めるのを待っていたのだろうか。

 けれどミュリエルはにっこり笑うと、勢いよく頭を下げた。


「はい! よろしくお願いします!」


 ……ギルドに、どよめきが広がった。

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