(4)

「……管理官のお嬢さんは先天性の疾患で、人工透析が欠かせないそうですね。まだ小学生だというのに辛い闘病を余儀なくされて、親として全力を尽くそうとされるのは理解できます」


「! 調べたのか!?」


「ですが、だからといってお嬢さんのかかっているにこれ以上の忖度はするべきではないでしょう」


 柴塚らの椅子が弾かれて動き、鳴る。

 。廃工場の被害者の佐々木が勤務する大病院であり、赤井が調べた久七島関係者リストに病院だ。


「確かにあの病院は理事長のワンマン経営ですが、最近は病院長が旧弊を排しようと根回しを進めているようです。遠くない先には、あの病院の体制も一新されるでしょうな」


 抑揚を控えた独り言のような赤井の声は、変わらず穏やかだった。

 すがるような境の目を赤井が受け止める。


「管理官、貴方は十分に心配りをされた。果たすべき義理は――いや、それ以上有り余るほどに義理を果たされている。もう十分なんじゃないですか?」


 境の肩が落ちる。

 初めて境が落ちた。

 この場においてもなお強硬な姿勢の理由を理解して、柴塚の気勢が削がれる。試しに柴塚自身を盾に取られる場合を想像してみると、公平な捜査を全うできるかどうか、やはり自信はない。長谷川も、高城も、鍛治谷口も同様のようだった。


 だが、心情それ心情それとして、この機会を逃す訳にはいかない。

 今なら事情聴取の許可が取れる。


「管理官――」


 柴塚の声をアラーム音が断ち切る。

 無遠慮に響く空気振動の源は、書記担当のパソコンだった。

 唐突な画面表示と場の全員の視線とを一身に浴びた担当者が、やや上ずった声で報告する。


「110番ネットワークから、市内〇〇区△△通で銃声らしきものがあったと通報有り、最寄りの交番への出動命令および本署への対応要請です! 現場は――!?」


 担当者の声がぶつ切りになった。


「どぉしたあっ!! 現場はっ!?」


 赤井の一喝が飛び、担当者の困惑を力任せに吹き飛ばす。


「はっ! 現場はです!」


 椅子が、今度ははね飛ばされて、音を立てて転がる。

 藤木裕司の自宅、つまり藤木香菜子被疑者の家での発砲。


 藤木香菜子はのかのか。

 どちらだ?


「長谷川、柴塚、現場へ急行ぉっ!! 高城と鍛治谷口ついて行け! とにかく現場の確保だ! もうこれ以上は何もさせるんじゃねえぞっ!」


「はっ!!」


 赤井の怒声に劣らぬ勢いで四人が返し、跳ね跳ぶように駆け出す。それを見送りつつ、赤井は境へと声を向ける。


「管理官、逮捕状令状を請求します。確かに物証が弱いですが時間がありません。場合によっては緊急逮捕します。いいですね?」


「……分かった」


 境が素直に同意する。

 藤木香菜子の指紋やDNAが出たわけではないが、状況証拠がある程度揃い、3人殺害1人傷害もしくは4人殺害の上で逃亡中という現状なのだ。境に反論する気概はもう無い。


 柴塚の車に鍛治谷口、長谷川の車に高城が同乗し、発射されたかのように車道へと飛び出す。警告灯パトランプを回せば、現場へは最短で20分ほどだ――


 ――盆の渋滞帰省ラッシュさえ無ければ。

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