(2)
そしてバラけて会議室へと向かい――午後1時。
「それでは始めます。各担当は進捗の報告をお願いします」
境管理官が口火を切った。
不自然ではない間を計り、しかし間髪入れずに、柴塚が立ち上がる。
「高架下の件で進展がありましたので報告します」
柴塚の言葉に、境の頬が引きつった。
柴塚が無言でわずかに驚く。何かと衝突している間柄なので不愉快であろうことは重々承知だが、初手から表情に出ているのは初めてだった。
境から、余裕が失われている。
だからといって変わることはない。
「事件当日の時田の足取りが判明しました」
会議室がざわつく。
柴塚は変わらない。
「犯行推定時刻の前、8月2日午前1時52分、現場から2kmほど離れたBARの防犯カメラに時田の車が映っており、降車する男女二名が確認されました。身体的特徴から、一名は時田で間違いないと思われます。同乗していた女と連れ立って行く姿が映っています」
言いながら、柴塚はUSBメモリを掲げる。
女、という単語に境が眉をしかめた――ように柴塚には見えた。
「また、BARから高架下現場までの間、高架下現場の手前にある高台の公園で採取した木片とフェンスの塗膜が、犯行に使われたロープからも検出されました。ロープは公園で使われたと見て間違いありません」
「つまり、どういうことですか?」
境の苛ついた声。
柴塚は変わらない。
「殺害現場は高架下ではなく、高台の公園だったと考えられます。公園も工事中で、ウインチや土嚢袋ほか多種多様な資材があります。ロープの一方を木に結びつけ、もう一方に土嚢袋を結びつけてウインチで吊り上げておき、間のロープを
柴塚の解説に困惑と懐疑的な声が飛び交う。
柴塚は変わらない。
「今の仕掛けは、繰り返しますが、鑑識でロープから検出された木片及び塗膜が裏付けています。また、高架下の施工業者と公園の施工業者をあたったところ、
「……何が言いたいのかね?」
歯噛みする境。
柴塚は、微かに前のめりになる。
「殺害に腕力は必要ない、ならば、BARのカメラに映っていた女が非常に疑わしい。今回の事件関係者の中で映像の背格好に近い女性への事情聴取の許可を求めます」
場のざわつきが大きくなる。「女だと?」「いや、しかし……」と困惑する一方で、「カメラに映ってるなら」「筋は通ってるな」と納得する声も散見された。
境が柴塚をにらみつける。
「……わかりました。では、聴取は県警本部の捜査員で――」
「事情聴取の、許可を、お願いします」
境に言い切らせないように、柴塚が声を割り込ませる。
境のこめかみが震えた。
「
県警本部刑事課管理官の指示を、一巡査部長が否定できるわけがない。
が、柴塚は退かない。
それどころか、大きく踏み込んだ。
「では、藤木香菜子は私に聴取させてください」
境の目が見開かれ、硬直した。
突然切り出された名前に、会議室内の殆どが戸惑いを隠せない。
名前を聞いてそれが何者かがすぐに分かった者は極少数なのだ。そして、その重要性を即座に理解できるのは、さらに限られる。
県警本部長の義娘が重要参考人である、と。
女という一言に、境は即座に反応した。柴塚にはそう見えた。おそらく、境も同じ結論に達していたのだ。榊の殉職に違和感を持ち、柴塚たちと同じくスマホの中身を確認したのだろう。であるならば、同じ結論にたどり着いたはずだ。
藤木本部長の親族で女性は一人しかいない。
その上で、柴塚は突きつけた。
届いているぞ。
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