5.迎え盆

(1)

「で、鑑識の結果は?」


 赤井が腕を組み替えながら促す。

 定時会議前の、例の小部屋に集まって進捗の報告。正午を回ったところだった。

 鍛治谷口が力強く首を縦に振る。


「当たりです。犯行に使われたロープから、公園の木から採取した木片とフェンス塗膜の両方が検出されました」


「おっしゃ、殺害現場は決まりだな。遺体ホトケの運搬方法は分かったのか?」


 次は柴塚が応じる。


「高架下の工事施工業者に現場の備品を確認し直してもらったところ、自社の備品ではない一輪車ネコ車が紛れている、と。逆に、公園の方の施工業者では、損耗で引き上げてきた一輪車ネコ車が自社のものではなかったそうです」


「んん? つまりどういうことだ?」


 説明になっていない柴塚の報告に赤井が混乱し、鍛治谷口が助け舟を出した。


「要するに、藤木香菜子は事前に高架下から一輪車ネコ車を一台拝借し、公園の現場に紛れ込ましていたんですよ。取っ手に緑色のテープを目印に貼って。それに遺体を乗せて運んで、そのまま一輪車ネコ車を返却する段取りだったんでしょう。ところが、当のその一輪車ネコ車」のタイヤが割れてしまって、公園の施工業者が回収してしまっていた。目印を貼った一輪車ネコ車が見つけられず、藤木香菜子は仕方無しに適当に一台拝借して運んだ――」


 結論から噛み砕いて説明する鍛治谷口に、赤井が割って入る。


「戻しゃいいじゃねえか。か、背負って運ぶのだって出来んことはないだろう?」


「公園へ戻したら、高架下の現場では一台足りないままですよね。工事期間中は細々と数量チェックなどしないかもしれませんが、事件現場ともなればそうはいきません。そこから足がつくことを想定して恐れたんでしょう。背負って運ぶと自分の毛髪なんかが遺体に付着する可能性もありますし」


 傍聴していた高城が軽く唸った。


「ふむ。確かに、話としては成立しますか。では一輪車ネコ車から何か検出されましたか?」


「残念ながら。公園の現場からは、さらにブルーシートが一枚なくなっているそうです。一輪車ネコ車にそれを敷いた上で乗せたんでしょう」


 肩をすくめる鍛治谷口に合わせるように、高城も肩を落とした。その様子を払い落とすように、赤井が声を張る。


「まあいい。一通り筋は通るし、物証も悪かねえ。で、廃工場そっちはどうなんだ?」


 話を振られた長谷川と高城が目を見合わせた。

 場の空気の温度が1℃下がる。他の者全員がなのを感じ取ったのだ。

 長谷川が改まって報告する。


「ガイシャの佐々木が勤める徳親会病院で再聴取したところ、在庫から紛失している薬品がありました。スキサメトニウムとジゴキシン、筋弛緩剤に強心剤。重篤な不整脈を引き起こす併用禁忌の組み合わせです。紛失したのは、佐々木が責任者だった麻酔科です」


「おい」


 ドスの利いた声。赤いの一言は決して大きくはなく、むしろ彼にしては小声の部類だったが、鼓膜を襲う圧は凶悪の一言に尽きた。


「鑑識から手を回してもらって分析したところ、榊の体内から検出された成分と一致しました」


 ダンッ!


 赤井に殴られた壁が響く。刺すような眼光を受けて、しかし、高城が淡々と話しを引き継いでいく。


「備品の管理は佐々木本人が仕切っていたようで、引き継いだ医師もすぐには気づかなかったようです。加えて、不祥事ですから隠蔽へと向かったようで、今回警官殺しに薬品が使われたと知ってようやく口を割りました」


 押し黙った赤井に代わって、鍛治谷口が高城に対する。


「となると、佐々木は殺される前に薬品を持ち出した、ということですね? 組み合わせの薬効からして、平和的な使用目的とは考えづらい――なら、佐々木は持ち出して、廃工場へ向かった?」


「おそらくは。医師が用意できる武器、というつもりだったのでしょう。無謀としか言いようがありませんが。しかし結局殺害され――」


「――犯人の手に渡り、榊くんの殺害に使われてしまった」


「かと思われます」


 高城と鍛治谷口とが推論を進めた。

 そこまで来て、ようやく、赤井が大きく深呼吸してから口を開く。


「で、現在は薬から拳銃へと獲物を持ち替えて堂々と生活してくれてるわけか。いい度胸じゃねえか畜生め」


 文字通りの掛け値なしで赤井が吐き捨てた。しかし――


「――これだけそろえば、任意ぐらいはいけるはずです」


 柴塚が赤井へと向かう。

 殺害現場とその方法についての妥当な説明、及びその裏付けとなる鑑識結果と記録映像。最低でも、任意の事情聴取を行うに足るはずだ。


 しかし、赤井の表情は一転した。


「……はずだが、な」


 急に歯切れが悪くなった赤井ボスに一同が面食らい、それに気付いた赤井が頭をガシガシと掻きむしった。


「とにかく、ここらで切り込まんと先に進めん。会議で勝負をかけるぞ!」


「はい!」


 赤井の掛け声に応答して、小部屋から散っていく。

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