(14)

 横から入り柴塚をやや斜め後ろに押しつつ、鍛治谷口がにこやかに笑いかけた。


「スミマセンね。無愛想ですが他意は何もない男なんで、お気になさらずに。で、何が『関係無い』と?」


 鍛治谷口の当たりの柔らかさに、バーテンダーの肩から力が抜けた。


「いや、この人、この間高架下で殺された人ですよね? ニュースなんかで兄の副市長が謝罪してるやつ。8月1日の真夜中――いや、日付変わってるから2日になるのか、どっちにしてもその日は来なかったんで」


「で『関係無い』と。詳しいですねぇ」


「ほら、客商売だから時事ネタは耳に入るんですよ」


 無言で傍観していた柴塚が背筋を戻す。嘘をついている気配は感じられない。

 しかし、ここで空振りとは。ルート的には見込み違いとは思えないが、当日に使われていないと証言されては言葉もない。

 見落とした道があったか? それとも検証し始めるのが早すぎたか?

 内心では歯噛みしつつ、柴塚の顔は無表情のままで緩く回っていく。


「なるほどなるほど。では当日は置いといて、『しばらく前』とはいつ頃だったか覚えてます?」


 集合ビルの1階で店内は広くはない。カウンター席が8席程、テーブル席も2席が2組。カウンター内から死角は無い。


「いつ頃だったかと言われると……うーん、でも春ってことは無いですね。エアコンも冷房に替えてたし。梅雨だった印象もない、かな?」


 照明はBARの典型で明るくは無い。入り口とカウンター席との間が通路で、奥のテーブル席に続く細長い構造。


「夏ではあった、といったところでしょうか。一人で?」


 入り口のある壁面は外に面しているため窓が並んでいる。大きめの窓で採光は良いが、夜営業にはあまり有効とも思えない。いや、初見の客にしてみれば店内の様子が分かるので入りやすいか。


「いや、女連れでしたよ」


 柴塚の意識が前方へと切り替わる。鍛治谷口も目の色が変わった。


「ほう。同じ女性でしたか? 2、3度来たんですよね?」


「ええ。同じ女でしたね。派手な美人だったんで覚えてます。ミステリアスっていうか、まあ要するに魔性っぽい感じで、男の方も手玉に取られているのを楽しんでる感じでしたね」


 藤木香菜子の写真を出したいところだが、画像データは消去済みだ。相手の同意を得ていない撮影だったのだから致し方ないのだが、率直に言えばやはり悔やまれる。が――


 柴塚と鍛治谷口の目が合う。


 ――当たりだ。


 ここは時田ガイシャと藤木香菜子の逢引の場に使われていた。おそらくは、この店を選んだのは藤木香菜子の方だろう。彼女にとってなのだから。


「他に何か覚えていません? ほら、二人が何を飲んだとか?」


 しかし、当日は店を訪れてはいない。


「男はジョニ黒をハイボールで、女は烏龍茶でしたよ。女が運転手みたいでしたね」


 いや、訪れる必要は無い。必要なのは道筋ルートだ。


「おや? このお店、駐車場をお持ちなんです?」


 店内からでは、窓の外は暗くてよく見えない。


「いやいや、このビルの裏の道路が半端に幅があって、路肩駐車して来る客がちょいちょいいるんですよね」


 カウンター内側から窓の外を通った人間を判別するのは困難だろう。


「お客さん、裏に路肩駐車したとか言っちゃうんですか」


 このバーテンダーに証言させるのは不可能だ。


「ははは、言う人もいますけどカメラに映ってるから分かっちゃうんですよね」


「カメラ?」

「映ってる?」

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