(12)

 柴塚が追いついたところで鍛治谷口も採取が終わり、ポリ袋をポケットに仕舞う。


「で、これで殺害現場と殺害方法の理屈が説明出来るとしても、それだけだね。非力な者でも犯行可能とは言えても、藤木香菜子を名指しするのはさすがに……うーん」


 腕を組みながら鍛治谷口が唸る。

 その通りではあるが、そこは柴塚に一案があった。


「鍛冶さん、。とにかく鑑識に持っていきましょう」


 柴塚の含んだ言い方に察して鍛治谷口はうなずき、叶署へ車を飛ばして鑑識に持ち込み分析を依頼して、また公園へと舞い戻る。例によって地下に車を停め、地上の出入り口に立ち、頭上を振り返った。

 変わらず暗い。

 いや、石垣は更に黒さを増している。ここからは見えないが日が更に傾いたのだ。夏とはいえ後1時間もすれば日没――夜の始まりである。


「で、どうするんだい?」


 鍛治谷口に問われて、柴塚が振り返る。


「要領は先程と同じです。公園ここを起点に、人目もカメラも無い道を探す」


「ふむ。ここで犯行に及んだ以上、ここに来ているのは絶対だ。これまでの目撃情報の無さっぷりからすると、ここに至るルートもを選んでいる可能性が高い、と。だけど、車で来た可能性だってあるんじゃないかい? 駐車場があるんだし」


 柴塚の意図を汲み、その上で疑義を呈する鍛治谷口。その彼に対して、柴塚は斜め上を指差す。


「ああ、なるほど」


 駐車場の出入り口の上の際にあるカメラに気付いて、鍛治谷口がうなずいた。


犯人ホシは――藤木香菜子は異常なほど視線に鋭い。それは人だけでなくカメラでも同様らしい。徹底して視線の無いルートを選択したのではないでしょうか」


 カメラを見上げながら呟くように語る柴塚の肩を、鍛治谷口が軽く叩いた。


「了解。人目については時間帯によって違うだろうから、まずはカメラの無い道を探してみようか。じゃあ手分けしていこう」


 鍛治谷口の提案に同意して、二手に分かれて周辺の道を探って回る。高台の公園犯行現場を中心として円を徐々に広げていくように、歩き、見上げて、確認し、除外していく。

 いつの間にか日は地平の彼方をまたいで落下し、視界を支える役割が街明かり造光へと移行する。

 探索範囲が半径1kmほどに達した頃には、日輪の残滓は微塵も残ってはおらず、欠けた月輪がそれなりの高さまで持ち上がっていた。


 結果を照らし合わせてルートを検討し、鍛治谷口がスマホのマップ画面を睨む。


「さて、今のところだと4つぐらいかな?」


「ですね」


 柴塚も画面を覗き込みながらうなずく。

 鍛治谷口の言う通り、中心の公園から1kmの円の外へと抜ける道筋は4本だけしかない。これが多いのか少ないのかは分からないが、2人だけでこれ以上いたずらに範囲を広げるのは有益ではない気もする。

 それは鍛治谷口も同様だったらしい。


「じゃあ、一旦この4本を検証してみようか。人目があるのかないのか――その前に」


 そこで話題を切り替えるように、鍛治谷口がビニール袋を突き出した。見ると、中にはおにぎりやパン、茶に缶コーヒーが入っている。

 柴塚が目を上げると、鍛治谷口の笑顔があった。


「犯行時間は真夜中。検証するにはまだ少し早すぎるから、腹ごしらえしておこう。ちょうど公園にベンチもあるしね」


 指摘の通りまだ人通りがある時間で、宙に浮いた感があった。鍛治谷口の後に続いて階段を上り、頂上でベンチを探す。

 夜の公園は外灯が一つしかなく、しかも輝度が低い。照らす光が頼りない。それでも、それ自身がベンチの真横にあるため、ベンチ自体はすぐに見つけられた。

 腰を下ろしておにぎりと缶コーヒーを頂戴し、おにぎりの封を開ける。口で海苔が割れる音を聞きながら、柴塚は前方を見ていた。


 例の木とウインチの間。その向こう。

 特に目に留まるものはない。

 何も、無い。

 ただ、夜が過ぎていく。


「さて――」


「――やりますか」


 鍛治谷口の発声を、柴塚が締めくくる。

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