(11)

 自分なら、と考えながら柴塚はゆっくりと振り返っていく。目に入る一つ一つをなぞるように視線を這わせつつ、順に吟味する。そして、180度回ったところで止まった。柴塚の視線の先、対辺の端、フェンスの角に備え付けられた物がある。

 柴塚の足が動く。


 荷揚げ用のウインチ。


 公園内での位置としては、南東の角辺り。そこから下を覗き込むと、真下には土嚢袋や一輪車が集められている。


「ふむ」


 横に並ぶ鍛治谷口が相槌だけ打つ。

 二人の目がフェンスの上辺をたどり、同じ箇所で止まった。


「どうでしょうか?」


「ここもちょっとように見えなくもないね。他よりも塗膜が削られてる感じがする」


 柴塚に鍛治谷口がうなずいてみせた。


 完全に想像の領域だが、非力な藤木香菜子が時田を絞める方法として、木とウインチを利用したことが考えられる。

 まず、ロープの一端を木にしっかりと結びつける。そして、ロープをフェンスの上辺に、一見では分からないように向こう側を這わせて、このウインチが在るところまで這わせてくる。ただし、途中でロープを余らせて輪を作っておく。大きさで。

 一方、ウインチで下の資材置き場から土嚢袋を引き上げる。その土嚢袋に這わせてきたロープを結びつけ、ウインチに吊った状態で停めておく。ウインチのリモコンでは一時的なロックのオン・オフが操作できるので、ロック状態にしておくわけだ。

 以上で仕込み完了。

 後は標的を公園へ誘い込み、ロープの輪を仕込んだフェンスへとおびき寄せれば良い。輪を標的の頭をくぐらせて即リモコンでロックをオフ。ウインチから解放された土嚢袋が落下、ロープが一気に引かれて標的の首を絞める。それこそ、頚椎首の骨にヒビが入るほどの勢いで。


 空想としては上出来だが――


「――まんまと首に巻かれるものか?」


 意識せず柴塚の口から疑問がこぼれ、鍛治谷口が軽く首をかしげる。


「警戒していたら不可能だけれど、そうでなければいけるんじゃないかな? 藤木香菜子は女だしね」


 今度は柴塚が首をかしげ、鍛治谷口は笑った。


「変装並みの化粧の腕前の藤木香菜子に、女好きの時田ガイシャ、と。美女が首に手を回してキスをねだってきたら、時田は断ると思うかい?」


 軽く天を仰ぐ柴塚。

 なるほど、調べた限りの時田の人となりなら、まず断るまい。それどころか、面白いほどまんまと絞められる姿が目に浮かんでしまった。


 となると、この空想はそれなりにいけそうな線だが、何分物証が無い。地面を徹底的に浚えば時田の毛髪なりがあるかもしれないが、それらしきものを見つけるのも、さらにそれを鑑識が分析して確認するのも、考えただけで果てしない作業だ。第一、風雨で流れ去ってしまっている可能性も高い。ルミノール試験ならそれでも血液の痕跡を明らかに出来るだろうが、そもそも絞殺、血液反応を期待するのは難しい。


 一通り考えて歯噛みする柴塚の隣で、鍛治谷口がポケットから鍵と小さなファスナー付きポリ袋を取り出し、鍵でフェンスの痕らしき辺りを削り始める。


「鍛治さん?」


「鑑識に回すでしょ?」


 話が通らず首をかしげる柴塚へ、塗膜片をポリ袋に採取した鍛治谷口が首をかしげ返した。


「あれ? この現場は雨風に晒されてるし、血液反応も期待できないけれど、凶器のロープはんだから大丈夫でしょ? ロープにこの塗膜が微粉末状でも残ってれば殺害現場の証明になるし」


 あっけらかんと言い、「あっちの木の皮も採っておこう」と鍛治谷口が踵を返す。その姿を数秒見送ってから、柴塚は自分の間抜けさ具合に本格的に天を仰いだ。

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