(10)

「柴塚くん?」


 横に立つ鍛治谷口が声をかける。目線は柴塚と同じく、先程車を停めた地下駐車場上の高台の公園へ向けられている。


「現場には何もありません。あまりにも。藤木香菜子を犯人ホシとすると、体格にあれだけ差があるなら仕掛けなり道具なりを準備しないと絞殺は不可能です。夜中の2時に、それだけ手を加えた現場を完全に片付けられるとは、自分には思えません。となれば――」


「――あそこは殺害の現場ではない?」


 柴塚の応答に、鍛治谷口が顔を向ける。

 柴塚も顔を向き合わせてうなずいた。


「その方が自然かと。となると、どこで犯行に及びどう運んできたのか」


「で、さっきは運んできた道を辿った?」


「推測に過ぎませんが。犯人ホシは異常なほどです。現場周辺で目撃証言が見当たらない程度には。ならば、のではないでしょうか」


「ふむ。最も視線が少ないと判断した道を選んできたんだね?」


 黙ってうなずく柴塚。

 ちらりと逆方向へ目を向けると、高架下を抜けたところの交差点の過度に貸駐車場がある。その入り口に監視カメラが1台。距離があるためこの位置なら問題ないが、交差点まで寄ると映る可能性がある。角度は交差点の中心向き。カメラの性能次第だが、交差点周辺は録画され得る範囲だ。


 しかし、戻って高台を仰ぎ見る柴塚の歯切れは、良くはなかった。


「ですが、推測に過ぎません。あくまで可能性、想像の世界です」


 自分で説明しておきながら、自身で一理あるとは思うものの、力強く主張できる根拠が一つもない。そういうことも有り得るか、という程度に過ぎず、無駄足になることも十二分に想定される。

 が、鍛治谷口は軽やかに笑ってみせた。


「とにかくちょっと調べてみよう。解剖で索条痕に大きな時間差があったとかは無かったから、近場で別の場所ってのは結構いい線いってるんじゃないかな?」


 若輩に快く同意する鍛治谷口に心から頭を下げ、道を渡って高台へと進む。地下駐車場の出入り口脇の細い階段を登り、上へ。

 着いた先は、公園とはいうものの、ほとんどただの更地に等しかった。申し訳程度にベンチが2つあり、木が植えられているだけ。後は、墜落防止の為のフェンスが公園のきわをぐるりと囲っている。大体柴塚の首元ぐらいの高さ。強度はかなりものらしい、荷揚げ用のウインチのワイヤーが渡されている。


 西陽が眩しい。


 西側の機械式駐車場はこの頂上の公園よりも1、2階分高い程度で、ちょうど太陽が乗っかっている風情だ。

 北側にそびえるマンションは比較的古いようで、大規模修繕中らしく全面に足場が建てられ仮設シートで囲われている。

 東側は地下駐車場の出入り口に面した2車線道路で、向かいは小規模店舗が並ぶ。戸建て規模が中心だが、住居用ではない。

 南側は例の高架側だ。東側よりも広く、交通量の多い車線の向こうに高架がそびえている。


 見晴らしが良い割には落ち着いた場所だった。車及び電車の騒音は避けられまいが、それを除けば忙しなさや人の気配から解放さそうな気さえする。


 


「柴塚くん」


 振り返ると鍛治谷口が手招きしている。

 この公園の数少ない装飾物である、フェンス沿いの樹木。その傍。数少ない、とは言うものの鍛治谷口が示す木はそれなりに立派なもので、大の男でも抱えきれない太さの幹を誇っていた。

 公園の角へと移動し、鍛治谷口の指先を追う。木の幹を細い筋が薄く、極薄く一周している。

 フェンスの高さ辺りを。


「……縛った痕でしょうか?」


「どうだろうね? 時田ガイシャを吊ったロープと同じぐらいの太さの痕に見えなくもないね」


 仮に、ここにロープの一端を結んだとして――で、どうする?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る