(7)

 その柴塚の想いに応えるように、叶署に戻った柴塚たちが覗き込むスマホのディスプレイに姿が映っていた。


「……普通だな――」


 赤井が代表して評する。

 顔の輪郭は角ばってはいないが美しい卵型という程でもない。目も大きくもなければ小さくもなく、鼻も高くもなければ低くもなく、唇も厚くもなければ薄くもない。髪は肩に掛かる程度のストレートだが美髪というわけでもなく、肌も純白と褐色のどちらにも当てはまらない。

 なるほど、藤井裕司が『印象に残らない』と言っていたは、あながち誇張でもなかったようだ。

 

 画面をさらに睨み込んで、赤井が言葉を続けた。


「――いや、違うな、普通な」


 スマホに撮ってきた鍛治谷口がうなずく。


「ええ。驚くほど印象が薄いと思いましたが、注意するとそうでもありません。印象が薄くなるように特徴を化粧で殺しています」


 よくよく観察すると、初見よりも目は形良く大きめだし、顔の輪郭は美しい卵型のはずだ。鼻は陰影をなくすことで低く見せている。髪の隙間から覗く生え際と耳から判断するに、肌色はもっと透明感があるはずのところを意図的にくすませているのだろう。

 おそらく、元は美人と評される類の容貌と思われる。その特徴をここまで消せるとは。


「大した化粧の腕前ですね。ここまでのなら、のもお手の物でしょう」


 感心しながら高城が軽く唸る。確かに、ここまで印象を薄められる地味に出来るのであれば、逆に強める派手にするのも容易はなずだ。これはもう変装に近い。

 スマホの画面から鍛治谷口へと目を移しつつ、長谷川が短く言う。


「どうやって撮った?」


「『不審者を何度か見かけたので巡回してほしいという相談が交番にあったので、この辺りを回っています』と。直前に、動画撮影にしたまま普通にワイシャツの胸ポケットに入れて。まあ、ポケットの底に少々をして高さを調整しましたが」


 胸ポケットから畳んだティッシュを取り出す鍛治谷口。

 スーツの上着で基本的には見えないが、少し姿勢を動かした瞬間だけスマホのカメラが覗くという仕組みだ。スマホをしまう所として不自然というほどでもないので、何食わぬ顔をしている限り、相手も不審に思ってもあえて問い質すところまでは踏み切りにくい。

 とはいえ、相手の了承を得ずに入手した画像であることには何ら変わりがない。


「つうわけだから、見たら消せ」


 赤井が鍛治谷口へと短く指示し、軽くうなずいてから一同を軽く見回す。長谷川、高城と同様に、柴塚もうなずく。全員が見たことを確かめて、鍛治谷口はデータを削除した。

 それから、改めて赤井が口を開く。


「で、どんな奴で、どんな評判だった?」


「立ち居振る舞い応答内容共に、徹底してでした。人見知りするわけでもなく、自己主張をするわけでもなく、最もありがちであろうリアクションだけで統一されてます。仕草も、返答も」


 特徴を殺せるのは外見に限った話ではない、ということだ。


「周囲の印象も非常に薄く、藤木香菜子のことを問われてもはっきり思い出せない住人が多かったです。一名だけしっかり記憶している隣人がいましたが――」


 ピンとくるものがあった。柴塚が目を配ると、長谷川と高城も同様だと目が語っている。

 その様子に鍛治谷口の方も気付いた。


「――ありましたか?」


 高城が代表で返答する。


「藤木裕司家の向かい、一人暮らしの高齢者女性。話し好きで人が通りかかるとよく話しかける――ですか?」


「その通りです。藤木香菜子の外見もちゃんと記憶していた唯一の隣人で、もちろん会って話したこともあるそうですが、せいぜい片手で数える程度だそうです。見かけること自体が極端に少ない、と」


 藤木裕司の話の裏が取れた。

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