(6)

 一方で、対面の柴塚は一切変わらず、かつ無言。口はどうやららしい。


 その横に長谷川がするりと立ち上がる。

 間髪入れずに肩と手を掴まれ、下方へ引かれて柴塚の体勢が崩れた。柴塚と長谷川が頭を下げた形になったところで、高城も立ち上がり機敏にお辞儀を繰り返す。


「すみません、いやホントにもうすみません、どうにも空気と人の心が読めないヤツでして、申し訳ありませんよく言って聞かせますので」


「何、何なのコイツ!? おたくらどんな教育してるわけ!?」


「いやホントに申し訳ありません、最近の若手はこう、びっくりするぐらいに世間を知らないことがありまして、私どもも戸惑うことが多く」


「そんなこと知るかよ!」


「ええ、ええ、仰るとおりでそれはもう。藤木様の後輩や取引先にもおられますでしょう?」


「いるか――いや、あー、いるけどなっ!?」


「いやさぞかしご苦労されてますよね、何せこんな調子ですからね、それはもう」


「ま、まあな!? お前らどんなとこで生きてきたんだっつうのって感じなのがな?」


「ですよね、教えてやっても分かってないというか」


「それな。お前のために常識を教えてやってるんだっつうのにな」


 相手に思考させないよう連続で畳み掛けて話をずらそうとする高城。その背後でひたすら頭を下げる姿勢のままでいる柴塚と長谷川。

 高城が必死に場を治めている間、長谷川の手は万力のごとく柴塚を固定していた。


 どうにかこうにか帰れるところにまで高城がなだめすかし、藤木裕司の事務所から出て、長谷川はエレベーターではなく非常階段へと足を進めた。柴塚が続き、高城が殿しんがりを務めて、一階、二階と降りていく。


 踊り場で長谷川が一言口にした。


「高城」


 高城が後方に人気がないことを伝える。


「大丈夫です」


 風を巻く長谷川の体。反転し、柴塚の手首を掴んだ逆の腕で、肘で柴塚の首元を押さえ、その勢いでそのまま柴塚を壁へと叩きつけた。

 覚悟の上で受けたとはいえ、加減があまり見られない一撃に、柴塚の肺が短く悲鳴を上げる。


「かはっ――」


「何をしてるんだお前は!!」


「――すみません」


 長谷川の喝とは対象的に、空気量が少ない柴塚の肺からは萎んだ声しか出てこなかった。その横へ高城も少し身を寄せる。


「柴塚君、我々は情報ウラを穫りに来たんだ。喧嘩を売りに来たんじゃない。分かっているはずだ。余計なことをしている暇はない。まあ、あの言われようには気が悪いけれどね、確かに――」


 先程までとは打って変わって冷酷な口調の高城だったが、最後の方には元通りに戻って、「――ね、班長」と長谷川の背を軽く叩く。

 なだめられて、長谷川も縛を解いた。


「やっぱり、お前はよく分からん」


 吐き捨てるように言ってから、長谷川が「行くぞ」とまた階段を降り始める。間を空けずに高城が続き、今度は柴塚が最後に続いた。

 長谷川に同意しながら。


 何が気に入らなかったのか。

 何が言いたかったのか。

 藤木本部長の家庭事情を知ることが、父子関係を確認することが事件解決に必要とは思えない。むしろあの場では百害あって一利なしだろう。相手の怒りを煽るような問い方なら、なおさらに。


 確かに、自分が分からなかった。


 また、藤木香菜子も分からなかった。

 藤木裕司配偶者の言だけでは何とも言えないが、それにしても、共に生活しているはずの者が語る内容からは何の姿も浮かんでこない。

 柴塚の想像力程度では、描けるのはただの人影のみ。これでは黄昏時の幽霊と変わらない。せめて外見だけでも知っていれば、もう少し血の通った像が結ぶのだろうが。

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