(5)

 刑事三人柴塚達の目つきに変化があったことに、藤木裕司は気づかなかった。


「藤木本部長がとは。一体どこのお嬢様なんですか?」


 高城がサラリーマンっぽさを演出する。さも、と言わんばかりの慌て方を器用に混ぜ込んでみせた。

 自身が上位と思い込んでいる藤木裕司は、そんな高城の姿に優越感を呼び起こされて、鷹揚な態度になった。


「ああ、大丈夫、別に警察そっちのお偉いさん繋がりじゃないから君には関係ないよ。つかな、はっきり言ってよく分からねえ。だか何だからしいんだが、たどるとこの県の政財界のあっちこっちにつながるみたいでな。まあ、そのつながりで俺も徳親会の佐々――」


 唐突に口を閉じて、藤木裕司が目を泳がせる。流石にを公言するのはまずいと気付いたようだ。

 ほとんど公言したようなものではあったが。


 しかし、目下捜査しているのは大病院佐々木医療機器メーカー藤木裕司との癒着ではない。それは刑事第二課の担当なので、高城は聞き流し、柴塚と長谷川は無関心を貫いた。


 目前の刑事たちから追及が来ないことに安堵したのか、藤木裕司が咳払い一つして尊大な態度になる虚勢を張る


「まあ、あれだ。とにかくあの店には頭を下げてもらえりゃいいんだよ。そうすりゃ別に荒立てる気は無いんだからさ」


 顎を上げ気味にして、藤木裕司は手を払うように振ってみせる。ここに来る前の情報では慰謝料を請求すると息巻いていたようだが、別に確固たる意志をもって主張していたわけではないらしい。


 ただの難癖のために――と、釈然としないのも正直なところでは有るが、柴塚たちとしても話が切り上げられるのは歓迎である。


 藤木裕司この男から穫れる情報は、他にはもうあるまい。


「はい。それでは捜査の――」

「藤木本部長は嫌いですか?」


 高城が対談を終いにしようとするところに、柴塚が食い気味を超えて思いっきり被せた。

 無言の鉄面皮がいきなり声を発するのも、その発言の内容も、そろって突飛過ぎた故に、問われた藤木裕司だけでなく高城も長谷川も呆然とする。


 そして誰よりも柴塚自身が愕然とした。相変わらず顔には出ないが。


 何を言ってるんだ俺は?


「……は?」


「おい?」


「柴塚君?」


 初手の藤木裕司の声はただの間投詞あいづちに過ぎなかったが、続く長谷川と高城には明らかに問い質す意図が含まれている。それに対して、柴塚本人も心から同意していた。

 が、口は翻意する気がないらしい。


「貴方は父親の藤木本部長のことを嫌いなのですか?」


 柴塚に繰り返されて、目に見えて藤木裕司の機嫌が悪くなっていく。


「何だ手前――」

「嫌いですか?」


 藤木裕司の声に、柴塚がまたも被せる。


【この場に不適切な発言は――】

 やかましい。


 柴塚は頭の片隅の声も封殺する。


「おい――」

「嫌いですか?」


 柴塚の口は相手に異を唱える隙を与えないつもりらしい。

 出がかりで切り捨てられるのが繰り返され、苛ついた藤木裕司が声を荒らげた。


「おうよ嫌いだね! だからどうしたよ!? お前に何か関係があんのかよ、ああ!?」


 立ち上がりながら叩きつけるように叫ぶ。

 間はあるものの、柴塚と藤木裕司が向かい合う形になった。


「嫌いですか?」


「当たり前だろうがよ! の人生を勝手に仕切りやがって! どいつもこいつも本部長本部長、俺は本部長様のおまけってかあ!? フザケてんじゃねえぞ! が何様だってんだ!」


 ひとしきり激高する藤木裕司。そして速やかに鎮静し、今度は自身の発言を振り返って動揺、と乱高下を繰り広げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る