(4)

「全くだ」


 藤木裕司が笑った。


「いいんだよあいつは。家を守ってりゃあな。陰気なあいつにはぴったりだ」


「外出は好まれないんでしょうかねぇ」


「そうじゃないのか? からな。友人っぽいのが家に来たためしがないし」


 藤木香菜子のアリバイ、不成立。

 もっとも、現時点でのアリバイ証言が無いだけに過ぎず、あくまで藤木裕司の主観に過ぎない。不成立とするのは明らかに言い過ぎでは有るが、藤木香菜子を直ちに容疑者から外せるシロにできる根拠が一つ成立しなかった、とは言えるだろう。

 が、やはりもう一押し欲しい。


「いやいや、藤木さん昼間は家を空けているじゃないですか。おられない間に来客があったりするんですよ」


 高城が誘う流れに、藤木裕司が知らぬ間に乗っていく。


「そ、れ、が、な? あいつがしないから結局俺が近所付き合いをやってるんだけどな、向かいのババアも見たこと無いってんだよ」


「お向かいの方が? 来客を?」


、ロクに会ったことが無いとよ。向かいのババアは一人暮らしで話し相手に飢えてるみたいでな、人の姿が見えればとにかく声をかけるんだよ。俺もちょくちょくんだが、そん時に言われるんだわ、ってな。向かいでそんなのが見張ってるのに、だぜ?」


 藤木裕司の主観が補強された。彼が言うような人物が常日頃から会うことが無いというのなら、彼の認識の信憑性も高くなる。少なくとも、アリバイについて本人に問い質すことに正当性が認められるだろう。

 もし『いつも自宅に滞在している』し犯行推定時間に『自宅で一人だった』のなら――


 それにしても、藤木香菜子とはどのような人物なのだろうか?


「あー、お疲れ様です。大変ですねぇ」


「全くだよ。ちょっとはデキるとこがあれば、まだなぁ」


「いやいや、得意なことの一つや二つは何かあるでしょう? 実は体育会系でだったり、とか」


「あの貧相さでか? 無い無い、無いわ。つかな、普通なんだよ。飯も美味くもなければ不味くもない、掃除とか洗濯とかもそれなりに出来てそれなりにやり残してる、絵を描くでもなく楽器が弾けるわけでもなく、まあとにかくツラまでパッとしなくて印象に残らねえ」


 投げ捨てるように笑う藤木裕司に、高城は屈託ない笑顔を作って見せる。

 散々な言われように頭が痛くなってきそうだが、人物像が若干見えてきた気がした。

 同居者が知る範囲では、自宅に滞在することが多く、友好関係も広いとは思えない女性。特徴らしきものが認識されない、特徴のない人間。


 果たして、そんな人間はいるだろうか?


 同居する配偶者にすら意識に残らないとは、むしろ不自然ではないだろうか。まるで個性を、特徴を、意図してかのようだ。


「うーん、こう言っては何ですが、藤木さんの好みのタイプではないですよねぇ」


 高城は「何でまた?」とは口にせずに、しかし表情には明らかに出して見せる。おだてられている上で水を向けられた藤木裕司の口は一層軽くなった。


「見合いだよ見――いや、見合いですらないな、俺の意思じゃないからなあ」


「意思ではない?」


「ああ。なんだとよ。それでを押し付けられる身にもなれっての」


 のくだりで、藤木裕司は目に見えて悪態を吐く。 柴塚の中で刹那、ちりっ、と何かが走る。

 どうにも本部長父親への風当たりが強いと思っているところへ、「はアレに妙に気を遣ってるが、俺の知ったこっちゃねえし」とさらに被せてきた。

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