(3)

「なるほどなるほど。その辺りを証言してくれる目撃者はいたりしませんか? そのお寿司屋さんにはお一人で?」


「あー、あれだ、いるのはいるけど、迷惑かけたくもないんだよ」


 公表されるのは都合が悪い相手と飲みに行った、と。

 ばつが悪そうなだけで秘匿する意図が全く感じられないところから、自身にとって軽微な事柄の扱いなのだろう。ただ、見下してはいるものの警察官法の番人相手、これだけガードが緩いということは法には反していないということか。

 ならば、倫理に反する外聞が悪い、の線ぐらいだろうか。

 ある程度は知っているはずの高城がとぼけつつ訊く。


「奥様は迷惑とは仰らないのでは?」


「違う違う、と行くわけないでしょ――って、あー」


 あっさりとボロを出して、藤木裕司が頭を掻いた。そして、身を乗り出して「黙っといてよ?」と囁く。対して、高城はやや真面目すぎるほどに真剣な顔をして「もちろん」と囁き返した。


「いや、すみれとは確かに一緒だったけどさ、向こうも承知の上での付き合いなんだよ。お互いに後腐れのない関係ってやつ?」


 柴塚の予想通りの不倫。既知だったはずの高城はまるで初耳かのようにわずかに驚いてみせてから、ふんふんと真顔で相槌を打ち続ける。それから、どこかスッキリしたような顔を作った。


「しかし、ならば幸いというべきでしょうかね、身内の証言では弱いですし――おっと、黙ってないといけませんね?」


「そうそう、話が分かるねぇ君」


 徐々に乗せられていることに気付いていない藤木裕司は、高城に随分と打ち解けてきた。高城も距離が近づいた風を演じているが、叶署内では愛妻家と評される彼にしてみれば相容れないタイプである。内心ではさぞかしうんざりしていることだろう。

 が、存分に話してうたってもらうためには、それを顔に出すわけにはいかない。


 いたずらの共犯者といった笑顔を表しながら、高城は雑談のノリへと寄せていく。


「まあ、表に出せる出せないは別にして、客観的な証言の方が信頼性は高いんですよね、実は。一緒におられたのがその『すみれ』さんで良かったですよ」


 さも内実をこっそりと打ち明けると言わんばかりに身を乗り出して小声で言う高城に、得意顔になる藤木裕司。

 もちろん、表に出せなければ証言にすらならないのは言うまでもない。その矛盾に気づかない程度にはおだてられているわけだが、柴塚は複雑な心境になった。


 聞き出すためには実に都合が良いだが、藤木本部長の息子がコレとは。世の無常らしき何かを垣間見た気分である。


 柴塚の嘆きなど知る由もなく、高城は話のリズムを切らさないように、さらりさらりと話を繋いでいく。


「小耳に挟んだんですが、境管理官が伺った件も『すみれ』さんの証言があったとか」


 嘘である。

 捜査本部の定時会議ではそんな話は微塵も出ていない。


「そう! そうなんだよ、ちょうど二日ともな」


「2日も5日も、犯行推定時間に?」


「ああ、すみれと一緒でな。境だっけ? それ聞いて帰ってったよ」


 学生がファミレスかどこかで『ここだけの話』をするノリで言葉を交わす高城と藤木裕司。要するにそれはと公言しているわけで、思うところが何も無いと言えば嘘になるが、今この場に限っては、それよりも確認しなければならないことがある。

 高城が何の他意も無いように、有ると受け取られないよう細心の注意を払って、なおかつ全くもって自然極まりなく、口にする。


には悪いですが、ちゃんとアリバイが確認できたのは良かったですねぇ」


 長谷川と柴塚の眼がわずかに細くなる。

 目の色が変わる。

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