(2)
「警察の方? お待たせしたね、失礼失礼」
フランク――を明らかに通り越した口調で、ソファに勢いよく体を預ける藤木裕司。
向かいには長谷川と高城が腰掛け、その後ろに柴塚が立つ。高城はともかく、長谷川と柴塚の強面度はかなりのもの、特に直立不動の柴塚に見下されるのには結構な威圧感が在るはずだが、目の前の男はまるで気にしていない。
なるほど、県警本部長の息子を振りかざす、か。
H県警察の職員は全て自分の下という感覚なのだろう。
中肉中背というには少し緩み気味の風貌に、どことなく
柴塚が胸の内でこぼす溜息など知る由もない藤木裕司は、横柄なままで話を始める。
「いつもの警官じゃあ埒が明かないとこだったんだよ。えっと、どちらさん?」
手のひらで促されて、高城が警察手帳を取り出した。
「叶署刑事第一課強行犯係の高城と申します。こちらは同じく長谷川、柴塚です」
続いて長谷川と柴塚がそれぞれ警察手帳を提示して名乗る。
途端に、藤木裕司が顔をしかめた。
「叶署の刑事一課ぁ? あれじゃないの、副市長の弟が殺られた事件の捜査本部が置かれてるとこでしょ? 話すことなんか何も無いよ」
明らかに態度を変えて帰れと手で払う藤木裕司に、高城は変わらずにこやかに応じる。
「おや、捜査本部をご存知で?」
「境だっけ? あれが来て話していったからね、言うことは無いよ」
県警本部刑事課の管理官を『あれ』呼ばわりとは、藤木裕司の中での警察官の位置づけが如実に表れている。如実過ぎてさすがに気分が悪くなるが、そこはえびす顔の高城に鉄面皮の長谷川および柴塚、三人とも表情には微塵も出ない。
境管理官が聴取済みなのは当然として、口止めされているのも予想通り。後は、高城に『ザル』と言わしめる無防備さをどの程度発揮してくれるかだ。
「いえいえ、もちろんその件ではありません。先日の傷害の件ですよ、交番にご相談いただきましたでしょう?」
高城は縁起の良い顔を崩さない。
「捜査本部が置かれているからといって、その他の事件を扱わないわけではないんですよ」
「そうなの?」
「ええ。事件は日々起きてますし、警察も人が余っているわけじゃありませんし」
若干の自嘲を混ぜるように笑って、軽く肩をすくめて見せる高城。その様子に藤木裕司も「ああ、君らも大変なんだねぇ」と鷹揚に笑ってみせた。
それに合わせてもう一度軽く笑ってから、高城が話を戻す。
「で、ご相談の傷害の件ですが――」
「いや、違うんだよ」
藤木裕司が即座に割り込んだ。
「注文したのを間違えてるから違うって言ったらな、急に出てけって掴みかかってきやがって。で押し返したら勝手に転んで怪我したのに、俺が悪いみたいに言いふらしてんだよ。正当防衛だよ? なのに何で俺が中傷されるの? おかしいでしょ、名誉毀損だよコレ?」
熱弁をふるう藤木裕司に、高城は逐一うなずいてみせた。
詳細までは聞いていない柴塚には判断のしようがないが、長谷川が『巫山戯た話』と語っていたところから、あくまで藤木裕司の主張でしか無いとみなした。
それに、そもそもそんな話を聞きに来たのではない。だから高城も、捜査なら本来徹底するはずの事実確認をすっ飛ばしてうなずいているわけだ。
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