崩れる不在証明、象る夜闇
(1)
「遅いぞ」
長谷川が鋭く言い放つ。
「すみません」
頭を下げる柴塚に、今度は高城が息継ぐ間も無く付け加えていく。
「藤木裕司の勤務先に電話して外回りからじきに戻るのは確認済み、以降の外出予定は会社としては無し。先方は営業数名事務員数名の営業所で、営業は大体は出入りして全員がそろうことはほぼ無し、今日も同様、事前に軽く探った限りでは身元の怪しいのは無し。藤木裕司は同僚にも居丈高に接するため不評。こちらは警察とは名乗ったが刑事一課で合同捜査本部の捜査員とは伝えていない」
「了解です」
手早く答えてうなずく柴塚。その顔へと視線を留めて、長谷川が一言加える。
「何かあったか?」
何も――と言いかけて止まり、1、2秒と思案してから柴塚は口を開いた。
「自宅に来ていた妹が、近隣住人から来訪を拒否されていました。『柴塚とは関わるな』と夫から言われたと」
長谷川と高城の空気がピンと張る。
「手が回された、か?」
「断言は出来ませんが、可能性はそれなりにあるかと」
「このタイミングで、柴塚に、と人づてに指示が回ったわけですから、そう見たほうが良さそうですね。いきなり襲わないあたり警告ということでしょう。捜査員の身辺に直接被害を出すまでするのは向こうにもリスクがある。どちらにしても、こちらの情報は漏れていますね」
そう言って高城が眉をひそめる。うつむいて同じように顔をしかめてから、長谷川が柴塚へと顔を向けた。
「妹さんの安全は?」
「知人に預けてきました。K県在住、先程飛行機に」
「それだけ離れれば大丈夫か」
「今後を考えれば、その方がいいでしょう」
長谷川と高城がうなずき合う。二人とも、久七島の影響力が県外までは及ばないと、柴塚と同様の推測をしているわけだ。
また、現時点においては
その操作が終わるのを待って、長谷川が号令をかけた。
「行くぞ」
「はい」
柴塚と高城が短く応える。
その大通りから一本入った筋、道を断つように直角に交わる河川の手前のビルに、藤木裕司の勤め先は入居していた。
熱気のせいで川面から蒸散する水の微粉末が、防壁のような積雲との間で逃げ場を失っている。
いや、そう感じるだけで、積雲へと押し込められていっているのか。さらに濃密に。刻一刻と。
エレベーターで5階まで上がり、出た真正面のドアに企業名が掲げられている。別のドアには無し。職員の通用口として使われているのだろう。このフロアに他の事業所は入っていない。
軽く目を合わせる。
ドアをノックして、高城を先頭に中へ。開けてすぐのところに受付が設置されており、その向こうから事務職員らしき女性が応対に来た。
高城が営業顔負けの笑顔を見せる。
「お忙しいところを失礼します。兵庫県叶警察署の者です。藤木裕司さんから相談されている件についてお話を伺いに来たのですが、おられますか?」
女性が軽くフリーズする。高城の笑顔と口調が演出する和やかさと、『警察』という単語とのギャップを脳が処理しきれなかったようだ。が、どうも和やかさが上回ったらしく、「藤木は只今外出しておりまして。もうじき戻ると思いますので、お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」と女性は申し訳無さそうに応じた。
通された応接で待つこと10分少々、果たして藤木裕司が戻ってきた。
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