(13)

 横で奏が口を挟もうとしたところを柴塚が眼で制する。その様子に話の緊急性を感じ取って、奏は口を閉じて自身のスマホで検索を始めた。一方、電話で言われているだけの千ヶ崎には今ひとつ伝わらない。


「は? 奏もいい大人だろうが、保護が必要な年じゃねえだろう」


 面倒くさそうに返してくる千ヶ崎に、柴塚は調子を変えずに畳み掛ける。


「お願いします」


「……貸せるのは住だけだ。衣食は自分で賄え。それから、。分かってんだろうな?」


 千ヶ崎が歯切れ良くなった。が身内の保護を依頼してくることから、状況を察したらしい。

 察したなら有無を言わせず断れば良いものを、律儀に自身に可能な範囲を提示してくれる千ヶ崎に、相手には見えなくとも、柴塚は頭を下げた。


「結構です」


「うちなんかで大丈夫なのか?」


 実際のところ、千ヶ崎は腕っぷしが強いわけでも何でも無い。兼業農家なのでデスクワークよりも体力はあるが荒事は不得手、護衛を期待すべき相手ではない。もちろん自覚している千ヶ崎としては、それで奏の身は安全なのかを心配しているのだ。

 自分の身についてでは無いあたり、性根のが窺える。

 ただ、柴塚としては、心配はあまりしていなかった。


「おそらく。H大丈夫でしょう」


 久七島の関係者を赤井上司調べた洗った際、該当したのはH県内の政財界の権力者ばかりだった。顔に似合わず顔が利く赤井のこと、もし県外にも該当者がいれば一人や二人リストに挙がっていても不思議ではない。完全にゼロということは、久七島の影響力はと見る方が現実的である。

 さらに、千ヶ崎の住むK県は近隣府県どころではなく、直線距離で余裕で500km以上離れている。まず心配は要るまい。

 いや、何より、今回はそのが必要なのだ。


「ふん。なら2週間以内だ」


「ありがとうございます」


「片付き次第、叩き出すぞ」


「承知しています」


 通話を切って柴塚が奏へと目を向けると、ほぼ同時に奏もスマホから目を上げた。


「一番早い飛行機の席、押さえた。空港へ行く前に私の部屋に寄ってね」


「ああ」


 そのままアパートを出てスイフトに乗り込み、奏の借りている部屋へと向かう。車中で、ようやく頬を膨らませて不満を主張し、奏は柴塚へと人差し指を向けた。


「全部終わってからでいいから、事情の説明は要求するよ?」


「当然だな」


 大学が夏季休講中とはいえ、自身の研究がある院生であれば、大学研究室でやることは多々ある。それを放り出させるのだから、理由の説明とそれなりの補償は必須だろう。ただし、今は時間がないから省略するが。

 奏が自分の部屋から持ち出したのは、着替えや携帯用化粧品といった外泊用の品以外ではノートパソコン一台だった。「海外の研究サイトにアップされてる論文で読まなきゃいけないのが溜まっててね」と奏は笑って見せる。

 そのが乗った飛行機が離陸するのを見届ける柴塚の携帯が鳴った。


「すぐ戻ります」


 短く答えて、柴塚は車を発進させた。

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