(12)
部屋の中へ進み、台所前へ顔を出したところで、奏が柴塚に気付いた。
「ああ、お兄ちゃん、早いね?」
何やら考え込んでいたかのような一拍子遅れた反応。しかも、始めの方はぼやけた発声というおまけ付き。
「何があった?」
有無を言わせぬ気配が漂う柴塚の声に、奏は一瞬取り繕おうとして、そして即座に諦めた。
「あー、お兄ちゃんに気を回してもらうような話じゃ、本当にないんだけれどなぁ」
そう言いながら、テーブルの上へと目を向ける。柴塚の目がそれを追い、置かれてる木箱を捉えた。さして大きくない、普通の弁当箱程度の代物だ。
「葛切。大学の同期が実家から送られてきたものを配っててね。頂き物で失礼かもしれないけれど、いつもお世話になってるから中村さんにと思ったんだけれど……」
この部屋の隣家へ顔を出した、ということだろう。何故か住人の柴塚本人よりも懇意にしている奏にしてみれば、正にお隣さんへのおすそ分けである。
が、それで話が終わらないらしい。奏が軽く肩をすくめた。
「……来ないでって言われちゃった」
首を傾げる柴塚。
「『来ないで』?」
「『うちに来ないで。
何かやらかしたのかなと半分疑問半分自嘲の奏とは、柴塚は違う点に反応した。
「関わらないように言われた、と?」
「あ、うん。旦那さんにね」
数秒思案する柴塚へ奏が声をかけようとした直前に、おもむろに
しわがれた男の声。
「はい、
「ご無沙汰しております。柴塚です」
しばらく無言が続き、ようやく「あー……」と間延びした声がスピーカーから響いた。同時に、口調も一気に無愛想に変わる。
「……お前か。また何の話だ?」
ただ、そう言うと冷血漢にしか聞こえないが、血縁者が軒並み敬遠した柴塚兄妹のために施設を手配したのは千ヶ崎である。後に知ることとなるが、なるべく適した施設をと自らの足で方々へ赴き、役所等での各種手続きも――自身に経験がなく見当がつかないことでも――調べて行っていた。
責任問題に関わるのは大嫌い。だがそれは責任の重さを理解しているだからで、故に、関わった限りは責務を全うしようとする男。もうじき還暦だったか。
「俺はお前の保護者じゃねえぞ」
柴塚兄妹の進学、柴塚の就職の際などには保証人を務めていたりするので、今ひとつ説得力に欠けるが、確かにその通りで間違いがない。だから、気軽には相談しないよう心がけている相手だ。
「奏をしばらく預かっていただけませんか?」
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