(11)

 柴塚の短い声に、長谷川がうなずいた。


「そうだ。今回の案件の犯人像からは遠すぎた。誰からも目撃されないような奴がこんなにな訳がないだろう。一方で、金の流れから見れば――んだが、これ以上踏み込むとなると、な」


 長谷川の歯切れが悪くなった。

 なるほど。被疑者として捜査すると、今度はことに繋がってしまうわけだ。その県警本部から指揮官が送り込まれた捜査本部で公言するのはハードルが高い。歯切れも悪くなろう。

 これまで話を静観していた赤井が口を開いた。


「で、ってことは、何かんだな?」


 長谷川がうなずく。


「はい。例によって傷害沙汰を起こしています。被害者ではなくという巫山戯ふざけた話なんですが――」


「何やそら!? そうかアホか、アホなんやな!?」


 小野寺が思わずあまりにも自然ナチュラルにツッコミを入れてしまったが、場の一同、内心は似たようなものだった。柴塚とて表情には出ないだけで、正味絶句している。

 度々思うことではあるが、この世には自身の理解の及ばない事象がいかに多々あることか。

 軽く咳払いして、長谷川が戻す。


「――実際のところ、頻繁に顔を合わせる警官からすれば面倒なだけのようで、お座なりな対応しかしていないみたいでして。ですので――」


 長谷川がここで切って赤井に振り、赤井が受ける。


「――さぞかしだろう、ってか?」


 赤井がニタリと笑った。そうすると任侠映画の配役の一人に見える、というよりもにしか見えない。

 こちらは対象的に朗らかな邪気のない笑顔を見せつつも中身は赤井よりもな高城が、さらに目を細めた。


「わあ。悪ぅい人ばっかりやな」


 小野寺の囁きに、柴塚は苦笑で応えた。確かに頼もしい悪どい限りである。

 その悪人の筆頭が吠えた。


「よしっ、こうなったら贅沢は言わん別件でもかまわん! 長谷川、高城、藤木裕司に当たってこい! 柴塚もついていけ! 鍛治谷口は藤木香菜子をもう少し洗ってこい。やりすぎんじゃねえぞ? 境管理官奴さんに気づかれない範囲で、だ」


 そこで一度切って、大きく手を打つ。


「さあ正念場だ、一遍帰って準備してこいっ! しばらく帰れると思うんじゃねえぞ手前等てめえらァ!」


「はっ!!」


 赤井の発破に押されるように一同が部屋の外へと散った。柴塚も一度自宅へと車を走らせ、アパートの鍵を開けて玄関扉を開けたところで、ローヒールが一足揃えてあるのを目に留める。


かなで?」


 疑問符は妹が居ることに対してではない。柴塚の部屋の鍵を持つ女性は現在奏しかいないのだから、居るのは奏で確定である。

 柴塚が帰宅したのにリアクションが無いことが意外だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る