(10)

 言いたいことは明白である。県警本部境管理官制御コントロールしている現状で、相手に聴取など、話が通るわけがあるまい。

 途切れた会話の後に、鍛治谷口がもう一つ繋いでくる。


「それに、動機が……。我々の推測でも、久七島関係者は犯人ホシ側で――いえ、ああそうか、そもそも久七島関係者に犯人ホシがいないとは限らないのか? 内部で利害関係で仲間割れを起こすことだってありうるわけで……」


 言葉にしていく傍から別の視点に気付いて、結果的に思考の泥沼に沈み込んでしまう。その様子に赤井が唇を曲げた。


「ちっ。話を聞ければ任意で引っ張れれば話は早いんだが、境管理官奴さんは通してくれねえだろうなぁ」


 歯噛みする赤井の様子に、長谷川と高城が目配せを交わす。それに気付いた柴塚へ微かにうなずいて見せた。「まあ聞け」とでも言わんばかりに。


「課長」


「何だ?」


で、その上でも良ければ、手は無くはありません」


 赤井が体ごと、長谷川へと向き直る。

 どっしりと胡座あぐらをかいた眼が長谷川を捕らえた。


「……説明しろ」


廃工場の案件佐々木の件の捜査で、被害者ガイシャのがどうにも気にかかって追ってみたんですが、勤め先の病院に出入りしている医療機器メーカーの営業と癒着しているようで」


「そこの利権絡みで揉めて殺しに、と睨んだわけか。で、それがどう関係――いや待て、? 何で黙ってた?」


 話を聞きつつ、はたと気付いて赤井が眉をひそめる。

 そう言えば、合同捜査本部が設立になった時、長谷川は捜査状況の報告で『少しという話がある』と述べていた。長谷川にしては歯切れが悪く、何かしらの手応えはあれど明示はし難いのかも、と感じたことを柴塚は思い出した。


「その、佐々木ガイシャと結びついていた営業が、藤木裕司なんです」


「……は?」


 赤井の眼が、今度はまぶたが持ち上がったままで固定される。

 いや、正しくは柴塚も鍛治谷口も固まった。


「はあ!?」


 一呼吸置いた後で、赤井が改めて声を上げた。固まらなかった小野寺が柴塚へと耳打ちしてくる。


「薫ちゃんよ、藤木裕司って、誰?」


「……藤木本部長の息子だ。藤木香菜子の夫でもある」


「マジでか!?」


 大幅に出遅れた形だが、小野寺も周囲に配慮も何もないあけすけな声を上げた。

 周囲の動揺を真っ向からはね返すように、長谷川が続きを語る。


「大型機器のリース契約や消耗品の定期購入の代わりに、何割かが佐々木の懐へ入る。大体そんなところだったようです」


「あっさり分かったんですね?」


 合同捜査本の設立時点で長谷川が言い淀んでいたのなら、その時にはある程度の内容を把握できていたということだろう。廃工場の案件発生が8月5日、合同捜査本部設立が8月9日。中三日でそこまで追えたことに、鍛治谷口は感嘆しているのだ。

 しかし、長谷川と高城の側からすればそれ程でもないらしかった。


「いや、藤木裕司の方がだったんですよ。どうも“県警本部長の息子”を振りかざしているみたいで、口止めにしても記録の改ざんにしても、隠蔽が甘い。道交法違反や器物破損などの軽犯罪もそこそこ、まあ日常的に起こしてて、なかなかに始末が悪いんですよね」


 高城が補足しながら苦笑する。しかし、ということは――


「――犯人ホシには、弱い?」

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