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 つらつらと話しながら、指先は絶え間なくキーボードを打ち続けている。それが止まる瞬間も、眼はディスプレイから片時も外れない。「……メールやらSNSはクラウドデータやから、メモリがクリーンされればハードには残らん。けど、こんなとこにアクセス履歴があってかつ消去されてるってことは、一旦ココにファイルを作成したっちゅうことで……やっぱそうか、ほなコレとコレも同じやから……」と小野寺はブツブツと独り呟き続け、最後に「おっしゃ!」と気勢を吐いた。

 ノートパソコンをくるりと、小気味よく回転させる。


「復元完了っと!」


 胸を張る小野寺。「メールの文面やらをわざわざテキストファイルにコピーした上で削除しとったわ。データの上書きボールペン塗り潰しやなくてインデックス削除修正テープ貼っただけ犯人ホシがITスキル高いのを考えて工夫してくれたんやろな。なんぼ奴でも、人一人殺った直後にそこまで調べる余裕は無いわ」と感嘆しながら大きく一息吐いた。

 全員の眼がパソコンのディスプレイへと集中する。


 日時:8月9日19時08分

 差出人:○○○○@××××.com

 宛先:key_sakaki@××××.com

 件名:no title

 本文:榊君のアドレスで間違いなければ返信してください。今日の合同本部設立後に話した件の続きをしたいので。


 日時:8月9日19時19分

 差出人:key_sakaki@××××.com

 宛先:○○○○@××××.com

 件名:Re: no title

 本文:榊です。護衛の件、承知いたしました。本部の方で人を配置されないのですか? 境管理官に指示されれば万全の体制を組まれるのではないでしょうか。


 日時:8月9日19時31分

 差出人:○○○○@××××.com

 宛先:key_sakaki@××××.com

 件名:no title

 本文:私的な件なので、公然と指示するわけにもいかないからね。先に伝えた通り、夜だけで良いので見守ってほしい。君の直属の上司にも内密で、よろしく頼むよ。このやり取りも適宜消していってください。


 日時:8月9日19時36分

 差出人:key_sakaki@××××.com

 宛先:○○○○@××××.com

 件名:Re: no title

 本文:承知いたしました。


 日時:8月10日5時02分

 差出人:key_sakaki@××××.com

 宛先:○○○○@××××.com

 件名:Re: no title

 本文:指示いただいた通り、23時から4時30分まで対象の自宅周辺で待機、対象は終始在宅、特に異常ありませんでした。以上報告いたします。


 日時:8月10日5時06分

 差出人:○○○○@××××.com

 宛先:key_sakaki@××××.com

 件名:no title

 本文:ありがとう。明日もよろしく頼みます。


 日時:8月10日5時09分

 差出人:key_sakaki@××××.com

 宛先:○○○○@××××.com

 件名:Re: no title

 本文:承知いたしました。


「……相手は藤木本部長、ですよね?」


「だろうな」


 鍛治谷口に赤井が応える。横で高城もうなずいていた。


「『本部の方で』手配も可能、『境管理官に指示』できる立場。これに柴塚君が記憶している『主任』という台詞を合わせれば、高い確率で本部長でしょうね」


「柴塚が本部長に訪問されていなければ、到底信じられない話だがな」


 高城の解析に長谷川も異論はないようだった。文章を追いながら、柴塚が呟く。


「榊が受けた指令は23時から翌4時30分迄の間の張り込み。本人は護衛と思っていたようですが。翌日も実行、結果同じ。対象は誰でしょうか?」


 鍛治谷口も独り言気味に口走る。


「『私的な件』で『見守り』、榊くんが護衛と思っていたこと……藤木本部長がプライベートで護衛をつけて不思議ではない人物……」


 全員の眼が続きへと向かう。

 問題の11日夜。榊殺害の直前のやり取りへ。

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