(6)

 凄まれて即答したはいいが、スマホにロックがかかっていたら柴塚にはお手上げである。なお、何のロックもかけていないような平和主義者が叶署内にいるとは思えない。

 となると、の対策を用意するべきである。


「あのな、約束のブツコーヒー豆もまだやのに、さらに被せてくるか? しかもこんなトコに……」


 鑑識から榊のスマホを回収してきた帰りに、ついでにピックアップされた小野寺が愚痴を漏らす。唐突に呼ばれて有無を言わさず連行された先で、刑事第一課の課長から係長およびその補佐に囲まれれば、恨み節の一つや二つは至極当然ではある。それは柴塚にも重々理解できるのだが、何しろ後がないのだから致し方がない。


「小野寺よ」


「は、はいっ」


 赤井鬼の刑事課長に呼ばれて、小野寺が直立不動になる。


「悪いがちょいと手伝ってくれ。内密にな」


 赤井は気さくに語りかけるが、それはあくまでであり、残念ながら小野寺から見れば軽く恐喝である。その上、脇には、柴塚に引けを取らない威圧感を放つ長谷川、詐欺師顔負けと名高い高城、県警本部と実績持ちの鍛治谷口と、良くも悪くも錚々そうそうたる面子が並んでいる。

 ここで断れる人間は、叶署内ではまあ居まい。


「はいっ……で、ですが、私の職分で、その……」


 しどろもどろと続ける小野寺の肩に、優しく手が載せられる。

 一点の曇もない、故に噂を知っていれば胡散臭いことこの上ない笑顔で、高城が柔らかく言う。


「大丈夫、ことは皆よく分かっているから」


 別の角度から読み解けば、との明言に等しい高城のフォローに、小野寺の顔が余計に引きつる。

 流石に不憫になってきた柴塚が「豆400g」と詫びで倍量を提示したが、小野寺からは睨まれてお終いだった。大方「足らんわアホンダラぁっ!」といったところだろう。

 改めて、柴塚が咳払いを一つした。


「榊の敵討ちのためだ」


 居並ぶ面子の空気が変わる。

 面の皮だけは残っていた和やかさはかき消え、地金が晒される。どれもこれも表情が無い無機物のようだ。しかし温度がないわけではなく、むしろ高温高圧の炉心がそこに在るような錯覚を覚える。


 よく警察組織は縦社会だと言われる。それは間違いではなく、問題点が多々あることも事実だと柴塚も認識している。一方で、だからこそ仲間意識が非常に強いとも言えるだろう。


 仲間を殺られた警察は


あっとるよ」


 ふん、と小野寺が鼻を鳴らす。腹も据わったらしい。

 そして差し出された携帯を手にして粗方を察し、スマホの電源を入れつつ自身のノートパソコンも起動させる。


「言われたから持ってきたけど、ノーパソこいつハックどうにか出来ればええんやけどな――って、あれ?」


 接続用のusbケーブルを片手に、渋い顔から急に拍子抜けした小野寺が、ふいっと柴塚へと顔を上げた。


「薫ちゃん、ロックも何もかかってへんで?」


「何?」


 思わず覗き込もうとして、他全員が同じように頭を突き出してきてぶつかりそうになる。集まった視線の先では、確かに、普通にスマホのディスプレイが表示されていた。


「……普通に映ってるな」


「映ってますね」


 長谷川と高城の呟きが連なる。柴塚は首をひねった。

 その柴塚へ小野寺が続ける。


「となると、ロックを外したのは榊くんか、犯人ホシか、どっちやろな?」


 多大な問題となるのは、もちろん犯人が外したケースだ。ロックを不正アクセスで解除する技術を持ち、そしてこちらが確認する前に中身をチェック済み、ということになる。まあ普通に考えて、事件解決の手がかりになるようなものは当然消去していることだろう。


さらえるか?」


「どんだけ復元できるやろかね?」

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