(4)

 県警本部の捜査員が次々と離席していく中、前のめりになり気味で席から立ち上がる柴塚の、その肩に手が置かれて抑えられた。振り返った先にあったのは鍛治谷口の顔。それが微かに左右へと振られる。振り返れば、長谷川も高城に制されていた。


 赤井、長谷川、柴塚、鍛治谷口、高城の間で手早く目が交わされる。

 

 そのまま、柴塚と長谷川は部下になだめられる風を演じつつそれぞれ退室し、赤井も不承不承の体を作りながら席を離れた。そうして適度にバラけながら会議室を後にして、例の小部屋へと集合する。

 そろった途端に、赤井が吐き出すように毒づいた。


「ああ畜生っ! 野郎、最後の最後でちゃっかり発砲のお墨付きを作っていきやがって!」


 壁を拳で打ちながら悔しがる赤井。長谷川は無言、というよりも歯を食いしばったままのため口が開かない。一方で、高城の声は普段と変わらない調子だった。


「現状、あの発言が不適当というわけではないところが厄介ですね」


 高城の意見は全員の頭の痛いところだった。連続殺人犯が検挙されるどころか犯行を継続しており、かつ拳銃を入手した。日本の警察が海外に比べて拳銃の使用に厳しいとはいえ、この状況なら『不可避ならいたし方ない』と言えるだろう。

 もちろん、それはのであれば、の話だ。

 それを踏まえて、鍛治谷口が高城の後を拾う。


「県警本部の、ね。どうにも、展開が急過ぎですね」


「『誰かさん』が焦ってるのかもしれんが、悪い偶然が重なってやがる――いや、『誰か』には都合がいいってかあ?」


 苛つきを前面にしながら赤井が吐き捨て、頭をせわしなく掻いた。そして、吹っ切るように続ける。


「何にしても崖っぷちだ、こっからは遅れれば遅れるほど被疑者検挙の生きて捕まえられる確率が下がる一方になっちまう。さっさと手を打つぞ」


 全員がうなずき、長谷川がようやく口を開いた。


「柴塚、今一番いけそうな線は榊だ。何かないか? 何でもいい、どんな些細なことでもかまわん」


 自身が目撃者や関係者に尋ねるときの訊き方、警察官ならばお決まりの台詞を向けられて、やや奇妙な感覚を覚えつつ柴塚が記憶をさらい始める。


 榊の様子。何か感じたこと。違和感……そういえば睡眠不足気味だったような気がしないでもないが……


【藤木本部長との対話の件を話した時】


 頭の片隅から唐突に提示された内容に、柴塚は面食らった。


 は?


【榊の反応に違和感があった】


 榊の反応? あいつは何か言っていたか?


【「主任も」】


 主任


【そう。『が』ではなく『も』。つまり――】


 ――俺。まさか?


【榊または榊の関係者にも、と考えられる】


 あり得るのか!? いや、そういうことなのか……。なら、おそらく接触されたのは榊本人だろうな。


【そう考えるのが妥当】


 だな。意味もなく接触されるはずはない。となると、何らかのオーダーがあったと見るべきか。


【その確率は高い。やたらと睡眠不足だったのはそれが原因では?】


 藤木本部長からの指示で、


【あくまで推測の範囲でしかないが、致命的な矛盾も無い】


 洗う価値はある、か……


 …………


「……単独行動をしていた可能性があります」


 柴塚の呟きに、全員が身を乗り出す。


「単独行動?」


「何だそりゃ?」


 長谷川と赤井が続けてくるのに、柴塚が言葉を選び始める。

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