(2)

 境がため息を吐いた。


「拳銃を強奪されるとは……大失点ですね」


 刹那で膨れ上がる熱気。怒気をも通り過ぎて、一部ではもう殺気にすら届きそうだ。

 それを代表するかのように、長谷川が手を挙げる。


「管理官、捜査方針の再検討が必要なのではありませんか?」


 許可していないのに勝手に発言されても、境は表情を変えなかった。

 変えないようにしている、のかもしれない。

 一見では自然と、何を強調するわけでもなく首を傾げる境。


「再検討とは?」


「本部と所轄での情報共有、それから担当区分を横断した捜査体制。関係者への事情聴取は本部、現場捜査は所轄と分けるのではなく、もっと連動する体制にすべきかと」


 長谷川の意見はごくごく真っ当なものだ。それが実現できていない現状が問題なのであり、そしてそれ実現させないことこそが境の狙いでもある。

 

「情報共有はこの会議の場で行われていますし、分担に問題があるとも思えませんが」


「捜査の進展状況から鑑みて、現状が最適とも言えないのでは? 後手を踏んでいますし――」


 長谷川はそれ以上は続けない。言う必要がない。この場にいる全員が同じことを思い浮かべているからだ。


 ――捜査員仲間が殺られてるんだからな。


【管理官の失態だけでもないが】


 柴塚の頭の片隅から指摘が来る。

 柴塚が感情的に反射した。


 やかましい。


【それだ。全員感情的になりすぎている。管理官の方針が事件解決の妨げになっている、そして管理官の目的がなのは事実だが、それが榊殺害のな原因というわけでもない。満足な捜査ができない不満フラストレーションを混同するべきではない】


 そんなことは分かっている!


【するべきことは責任者の吊し上げではない。犯人像が修正された男と限らなくなった今、犯行の手口を解明する必要がある。非力で殺害方法を実行するならば、が必要なはずだ。そして、そうしたをする場合は得てしてそこから足がつくものだ】


 それは――


【聞け。その捜査は叶署側こちらの担当範囲内だ。現状で捜査の分担を変える必要が無い、むしろ不都合だ】


 ――そうだ、が……


【それに、目下最優先するべきはだ。追えるはずではないのか?】


 ……同僚身内だからな。見知らぬ奴他の被害者とは違う。


【ならば、むしろに付き合っている時間は無い】


 余計なことをされる前に動くべき、か……


 …………


「問題を言うのであれば、捜査体制よりも拳銃の紛失の方が問題でしょう。第一発見者やそれ以前に誰かが持ち去った可能性は?」


 帰ってきた柴塚の耳に境の声が届く。

 何食わぬ顔で柴塚が答える。


「第一発見者が所持していないことは確認しました。現場は元々人通りが極端に少なく、第一発見者の夫妻よりも早くに通りかかる人間がいる可能性は低いかと」


「目撃証言もない。となると、やはり犯人が持ち去ったと考えるべきでしょうね」


 ややわざとらしいため息を挟み、境は改めて柴塚へと視線を寄越した。


「これは重大な問題です、柴塚巡査部長。管理責任も問われます」


 ここでそう来るか。


 柴塚の眼が険しくなる。

 そもそもが煙たがられていたところに、格好の名目が現れてしまった。流れを読めば、とりあえず謹慎で捜査から外すといったところか。異動まで一気に押し通すのも、無くはない。


 榊の人懐っこい笑顔が浮かぶ。自身には無いその笑顔で周囲との緩衝材となっていた部下の、「主任」と呼ぶ声が耳の奥で木霊した気がした。

 無意識で拳を固く握りしめる。


「柴塚巡査部長には謹――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る