(7)

「はあ!?」


 主に叶署側の出席者から驚きの声が上がった。

 反射の反応すら起こさないようにと自縛していなければ、柴塚も同じように口を空けていただろう。実際、身構えていたはずのメンツの中でも榊などは感嘆詞を吐いてしまっている。


「総員、本会議退出後は装備課から拳銃を受け取り携帯するように――」


「いやいや、ちょっと待ってくださいっ」


 事務の鑑のごとく単調に言い切る境の声に、赤井の慌てた声が被さった。


「何か?」


 事務的、を通り越してもはや機械的に問い返されて、赤井は困惑を隠しきれずに頭を掻きむしる。


「ええと、管理官、まず、何をもって『関連がある』と? 心証だけなら別件に思えますが。それに拳銃配備に値する危険性があるのですか?」


 もちろん署員の安全確保を優先しますが……と付け加えつつ、赤井はしどろもどろと言葉を続けようとする。対して、境には続ける意志がほぼ見当たらなかった。


「先ほど本人から聴取した結果、関連があると判断しました。現在進行形で連続する事案、しかも複数名が実行しているともなれば危険性は十分でしょう」


 バッサリと切って捨てられたが、柴塚は、赤井の意見が的外れだとは思わなかった。


 いや、柴塚だけではなく、会議に出席している捜査員のほとんどは、実のところ同じだっただろう。目撃されることをいとわない代わりに複数名で手早く行われた傷害事件加賀の件と、目撃情報皆無の殺人事件とでは、やはり別件と捉えるのが一般的ではないだろうか。それこそ、順当に考えるなら、が依頼を受けて警告脅しをかけた線を追うのが妥当だ。

 要するに担当部署は組織犯罪対策局いわゆる四課、つまりマル暴が最適で、洗えば実行犯までは一発で手繰れることだろう。もっとも、組対そちらももちろん県警本部の制御下な手が回っているのだが。


 それよりも、問題はで拳銃を配備することだ。捜査本部が『拳銃を使わざるを得ない危険性がある』と言うことはは、拳銃を使うことも有り得るという公式見解に等しい。

 非常に乱暴に言って良いならば、喫緊の危険性が認められる場合はということだ。

 もちろん、これは警察としては大問題となり後々には糾弾されること間違いなしなのだが、現時点で問題なのは、犯人ホシ道筋が、その可能性が開いてしまったことである。


 県警本部に圧力をかけている『誰か』は、口封じにということだろうか?


 頭の中で事態の流れを読んでいる柴塚へ、境が改めて口を開く。


「なお、加賀秀行氏からの聴取は、今後は私が担当しますので――よろしいですね? 柴塚巡査部長」


 据わった視線に直にさらされて、なお、柴塚は鉄面皮を維持した。


「はっ」


「先ほどは私よりも早く加賀氏から事情聴取をされていましたが、話しましたか?」


 来たな。

 軽く一息吸う柴塚。


「特には。氏名、職種、所属。それから暴行を受けた状況を一通り伺っただけです」


「加賀氏はと言っていましたが?」


「彼の話は自分には専門的すぎて、ほぼ理解できませんでした」


 境の視線が刺さることにもかまわず、柴塚は間髪入れずに何食わぬ顔で返していく。

 実際、何も嘘は吐いていない。回線スイッチが入った加賀の滔々と流れ出る弁舌については本当にお手上げだったし、右から左へと流しきって、正味覚えていないのだ。後ろめたさが発生する余地がない。

 それに、公園での藤木本部長のに比べれば、境には悪いが微風そよかぜのようなものだ。


 数瞬その場が固定され、境のかすかな鼻息で崩された。


「結構です。では、県警本部の捜査員は関係者からの聴取を進めてください。叶署の捜査員は引き続き現場及び周辺の捜査をお願いします。以上!」


 境のかけ声で会議は散会し、捜査員は各々おのおのの持ち場へと向かっていく。県警本部の者は黙々と、叶署の者は首を捻りながら。


 もはや隠す気もなく苦虫を噛み潰している赤井とは別に――口封じに関しては紛れもなく同じ心境ではあるものの――柴塚は意識を切り替えて席を立つ。

 条件はシビアになる一方だが、とにかく、犯人ホシを挙げてしまえばいいことに変わりはない。それに、拳銃の所持は柴塚自身の安全のためになるかもしれない。確率は低いが、捜査の進展によっては、襲われる対象に捜査員柴塚のだから。


 ただ、拳銃の配備は、誰にとっても思惑の範疇外の結果を引き起こすことになる。

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