(5)

 しかし、心証だけで言うのであれば。


「無視はし難いだろ。胡散臭えことこの上ねえ」


 赤井が吐き捨てた。そして、腕を組み名簿をにらみつける。


「こりゃあ、いよいよ県警本部を脅してる奴が守りたい秘密ってやつが犯人ホシの動機につながりそうだな。となると丸っきり逆の手順だが、本部を脅してる奴を洗い出すしかねえか」


 赤井の呟きに、長谷川が反応した。


「課長、それはことになります」


「そこは何が何でも上手く避けろ。あくまで誰が脅しているかを突き止めるだけだ」


 言葉に詰まりつつ、口ごもりながらも、長谷川は反論はしなかった。赤井の指示は正直無茶であるが、他に突破口となるものが無いことも事実であり、この線が犯人の動機につながりそうな予感がすることも確かなのである。

 ただし、ことも間違いがなかった。

 榊が名簿を見ながらため息を吐く。


「でも、調べたとこで、この中に犯人ホシはいないんですよね……遠いなぁあ」


 榊の嘆きは、締めくくりでは欠伸へと変化していた。寝不足なのか、どうにも気が抜けたように見えてしまう。柴塚と赤井に同時ににらまれて、榊は慌てて口をつぐむ。それから、気を取り直した風で付け加えた。


「いや、これが容疑者のリストだったら、後は体格の良い男ゴツい野郎を当たっていけばいいじゃないですか、なら――」


【それだ】


 唐突に頭の片隅から強い指摘が割り込んだ。

 反射的に、柴塚が思考に沈む。


 何がだ?


【以前、捜査本部が立てられる前、手がかりが無かったときに探していただ】


 ……確かに、何かを見落としているような気がしていたが、何を見落としていると?



 は?


【見落としていたものだ】


 何を言っている? 高架下も廃工場も、犯行には相当な力が必要だ。当然の犯人像ではないか。


【犯人がだという証拠はあったか?】

 

 !


遺体ホトケの損傷から、力学的に相当な出力が必要なのは事実。しかし、。機械や器具の利用により非力な人間でも行える可能性がある。それなのに――】


 ――我々は犯人ホシと決めてかかっている。


【力業をこれ見よがしに提示されて、誰しもが似たような犯人像を想定した。故に、誰も違和感を持たなかった。今まで誰も男だとは言わなかったが、誰しもが男だと思い込んでいた】


 ……犯人ホシの印象操作にまんまと踊らされた? ならば、犯人はか?


【結果から見れば。ただ、犯人像を狂わせる目的にしては決定打に欠ける】


 やや中途半端、確率任せプロパビリティの工作、といったところか。犯人ホシに犯行を隠す意志が薄いことに変わりはないのか。


【自身の安全を優先していない可能性はある】


 あるいは、それを上回る動機があるのか。何にしても、思い込みは正さねばならんな……


 …………


「――主任?」


 反応が無い柴塚を不審に思ったか、榊が声をかけてきていた。


「……何と言った?」


「はい?」


 柴塚に問われて、榊が面食らう。


「さっき、何と言った?」


 繰り返されて、榊はさかのぼるように天井へ視線を向けて、人差し指を立てた。


「ええっと、『これが容疑者のリストだったら、後は体格の良い男ゴツい野郎を当たっていけばいいじゃないですか、なら迫った感があったのに』って」


「言ったか?」


「はあ?」


 柴塚の相変わらずの言葉足らずさに、榊が当然のように戸惑う。それは榊だけではなく、いや、柴塚以外の全員が同じように首を傾げていた。

 フォローするように、鍛治谷口が話を促す。


「柴くん、何か気付いたのかい?」


「誰が、いつ、?」

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