(4)

 全員の疑問をいったん棚に置くために、赤井が話を切ってまとめる。


「とにかく時間が無いんだ。捜査本部このヤマの定時会議は午後1時、調べる洗うならそれまでの間にやれるだけやるしかない」


 時計を確認する柴塚。現在午前9時半だった。


「今さっき柴塚このバカ境管理官とやり合ったまたやらかしたから、定時会議でその時にはまた釘を刺されるだろう。それまでが勝負だ。とにかく『久七島』だ、久七島に関係する奴を洗い出せ! 本人の出身地だけじゃねえぞ、身内から交友関係まで、ちっとでも引っかかったら残らずリストアップしろ! 12時にはここに集合だ、いいな!?」


「はい!」


 吠える赤井に一斉に応え、部屋から足早に散る一同。

 そうは言えども余りにも時間が無い。果たしてどれだけの成果が見込めるか――内心では皆同じだったが、いざ蓋を開けてみると、意外な結果を見る事になった。


「……何だこのメンツは……」


 予定通りに12時に集合して結果を持ち寄ったところ、懐疑的だった長谷川からも呆れ声が漏れた。横に控える高城などはもう感嘆の声になっている。


「高架下の被害者ガイシャの時田は島出身、廃工場の被害者ガイシャの佐々木は伯母の配偶者が島出身、それはまあ期待通りと言えば期待通りですが、課長が持ってこられた情報ネタの方が……」


 全員の目が赤井の持ってきた名簿に釘付けになっていた。名簿は氏名に所属及び役職に始まり連絡先まで、分かるものに限っては個人の住所などまでも記載されている。

 その所属と役職の欄が問題なのだ。当の赤井本人も困惑を隠せていない。


「いや、県警本部に圧力をかけれるんだ、かと思って伝手を探ってみただけだったんだが……」


 頭を掻き口を歪める赤井の隣で、鍛治谷口が名簿をさらっていく。


「現職の副市長――これは時田ガイシャの兄ですからそりゃそうですね、それから佐々木ガイシャの勤め先の病院の理事長、県議会議員に市議会議員、この県の建設業関連団体の前会長、現漁業組合長、市商工会議所会頭……」


「この病院って県下有数の大病院じゃないっすか。この製鉄会社も全国規模の有名どこですよね? つか本社はこの県ここだったんだ――あ、このメーカーのゲーム演出巧くて面白いんすよね、やりこみ要素も抜かりないからガッツリハマれるんだよなあ」


 鍛治谷口の横から覗きこんでいた榊が声を弾ませた。その向かいの長谷川も、もう苦笑している。


表と裏と武者小路茶道の3流派の有名どころが肩並べてやがる。こいつら茶席で同席でもしようもんなら険悪なくせに。この剣道連盟の理事とはこの間顔を会わせたばかりだな」


 もはや笑うしかない、といったところだ。もちろん、全てが久七島出身というわけではないが、遠くとも三親等以内の親族に島の関係者が入り込んでいる。県下の政財界と文化人の間に、よくもまあこれだけ入り込めたものだ。

 そして――


「――藤木本部長の配偶者も。既に他界していますが。ご子息の配偶者も島出身ですね」


 柴塚が名簿に指を沿わせ、名前をなぞる。藤木本人が記載されている行の次から。

 藤木富江とみえ、藤木和裕県警本部長の妻、久七島出身、5年前に死去、享年45歳。同香菜子かなこ、本部長の息子の藤木裕司の妻、久七島出身、24歳。


「真っ黒ですね。久七島がアタリなら、ですが」


 高城が肩をすくめるように言った。

 実際、これで久七島関係者に犯人がいるとなるわけでは、もちろんない。単に関係者が多数見つかっただけ、都合よく解釈しても『この中に県警本部に圧力をかけた者がいるかもしれない』程度の話だ。つまりは心証だけの話でしかない。

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