(2)

 その横に立つ鍛治谷口が柴塚へと顔を向ける。


「そうすると、柴くん、次は誰がその『久七島』の関係者かを洗うのかい?」


「そのつもりです。犯人ホシの動機か、圧力をかけてる奴らの秘密か、どちらかは分かりませんが、この事件ヤマの中心に近づけると考えています」


「捜査方針の根拠としては頼りないと思うが」


 事務的な口調で制してきたのは長谷川だった。そして、その隣の高城が続きを拾う。


「それに、流れがどうも気がしませんか? 『久七島』への道筋以外が無いような――」


 半自動的に口を動かしつつ、同時に考えを巡らせて、高城がそのまま柴塚へ向き直る。


「――柴塚君、『犯行声明』の中から『七つ引きの引両紋』を選択ピックアップしたのは何故かな?」


 無言の柴塚。

 表情には微塵も出さないが、内心では高城の相変わらずの抜け目なさに窮していた。

 指摘された以上は下手な誤魔化しはあらゆる意味で逆効果になる。ここに並ぶのは同じ警察官同門の玄人ばかり、しかも、部下の榊を除けば、残りは全員柴塚よりも歴戦の強者ばかりだ。


 柴塚は腹をくくった。

 軽く深呼吸する。


「謹慎中に藤木県警本部長が訪問され、七つ引きの引両紋を調べるよう勧められました」


 柴塚から吐かれた言葉が、室内の全てを固定した。

 刹那、空気から時間までが停まったような錯覚が全員に襲い掛かる。とはいえ、それは錯覚でしかないので、部屋の時計は音もなく何の変調もなく普段通りに進んだ。

 その時計でせいぜい数秒の後、まずは赤井が吠えた。


「はあ!?」


 息を吐いた直後に固まっていたらしく、しぼんだ肺から残っていた空気を絞りだしたため、込められた感情の割には意外と穏やかな声になっていた。ただし、直後に他4名からも「本部長!?」「柴くんのところ!?」「主任も!?」「何で!?」と一斉に声が沸き上がったため、結局のところ声が室内を乱反射して部屋を震わせた。


 その声に返そうとする柴塚よりも赤井の息継ぎの方が早く、全員の口を征するように差し込んでくる。


「待て待て、ちょっと待て……柴塚よ、もうちょっとちゃんと説明しろ」


 額を手で支えるように――心情的には明確に頭を抱えながら――赤井が柴塚を促す。

 その柴塚にしてみれば事実を伝えたまでであり、もうちょっとちゃんと、とは何をどの程度補足すればいいのか、とっさには判断しかねた。

 数秒、考え込む。


「……謹慎中、自宅に藤木本部長が来られて少し話をしました。その前日の捜査本部での件かと思ったのですが、結局、本部長の目的は私には分かりませんでした。が、私の捜査の進捗を問われ、答えたところ、『引両紋』を取り上げて調と」


 赤井が柴塚を睨む。


「それだけか?」


「それだけです」


 きっぱりと返されて、赤井は腕を組んで悩み始めた。代わりに鍛治谷口が念を押してくる。


「本部長の目的は、結局分からない?」


「残念ながら」


「なら――」


 鍛治谷口の迷いを、長谷川が手早く引き継ぐ。


「――?」


 柴塚は口を閉ざす。

 答えを返さない柴塚へ、高城がさらに畳みかける。


「それですね。柴塚君、今更だけど今回の県警本部の動きは明らかにおかしい。明らかに事件の解決よりも捜査のコントロールを優先させている。その頂点でおそらく関与もしているはずの人物の話を、君はどうして信用できるのかな?」


 難しいところだった。

 説明が難しい。どうして、と言われるとからである。

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