(8)

 顔はなるべく動かさず、瞳だけで隣を探る。

 捉えたのは大欠伸をかいている榊の姿だった。署内でも目についたが、どうも睡魔が勝ち気味らしい。並の睡眠不足程度なら軽く押し切れるはずの榊にしては珍しかった。

 が、だからといって完全に呆けているわけではなく、柴塚の視線に気付いた榊は慌ててあくびを引っ込めた。そして、わずかに寄せてささやく。


「まだっすか?」


「ああ」


 獲れる情報ネタは根こそぎ獲り尽くしたい。

 ほとんど唇を動かさずに短いやり取りを交わしたところに、柴塚たちが通ってきた病棟の自動ドアが開く音がした。

 制止を退けつつ近づいてくる声。

 聞き覚えがある。

 背後に迫った。


「柴塚巡査部長」


「境管理官」


 柴塚は振り返り、直立で迎える。

 若干首を傾ける境。


「何故、君がここにいるのですか?」


「110番ネットワークを受けましたので」


 刺すように目を留められながら、しれっと答える柴塚。

 110番ネットワークから指示があり、それに基づいて所轄が出動する。これは至って普通の対応で、咎められる要素はそこに微塵も存在しない。ない以上は境も糾弾できない。


 が、公然とは糾弾できないに過ぎない。


「では、以降は県警本部こちらで対応します。君は君の捜査に戻ってください」


 ここで粘ってやり合っても、境の階級が上である相手が上司にあたる以上は結論は変わりようがなかった。不毛な時間、下手をするとまたでも付けられかねない。

 ここらが限界タイムリミットということだ。


「はっ。失礼します」


 境へ敬礼を返し、加賀と奈良橋とへ折り目正しく頭を下げて、柴塚は踵を返す。加賀の「え?」という戸惑いと、境へ「どういうことですか?」と詰め寄る奈良橋とを背後に、柴塚は出口へと踏み出した。

 加賀に無責任な対応をした罪悪感を拭うことは出来ないが、県警本部が囲い込む以上は安全は折り紙付きだろう。捜査に関しても、下手につつくよりも良いでまとめるはずだ。加賀の損にはなるまい。

 そう思うことで、自分を納得させて切り替える。


 後に追いついてきた榊が声を寄せてくる。


「いいんですか?」


「粘ってもどうにもならん。市民部外者の前で揉めるわけにもいかんしな」


 前を向いたまま、榊へと声を置く柴塚。そのまま続ける。


情報ネタは穫れた」


「『久七島』っすね?」


「洗うぞ」


「っす」


 大した雨量ではなかったが、一頻ひとしきりは吐き出して曇天は気が済んだらしい。それでも光を隙間無く遮断ブロックしているあたり、次の雨への準備を着実に進めているようだ。

 その合間を縫うように、柴塚と榊は車へ乗り込んだ。

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