(5)

 柴塚が視線を立ち会っている奈良橋へ移す。


「外傷の程度は?」


「左右の肋骨、左7番と右6番に亀裂骨折。鳩尾みぞおちを狙った蹴りがズレて入ったってことろですかね。同じく左上腕骨、左下腿腓骨にも亀裂。どれもそれほど酷くはありません。あとは全身に打撲」


 淡々と回答され、柴塚はうなずいた。

 その斜め後ろで聞き役を務めていた榊が、顔だけ気持ち前へ出すようにして口を挟む。


「それにしても思ったより軽傷――あ、いや、ヒビだから軽いって意味じゃなくて、ガタイのいい奴ら3人に囲まれたにしてはまだマシな感じかな、と。さっさと引き上げたんですか?」


 柴塚からの視線を感じて、榊が途中から慌てて言い直した。目で制した柴塚だったが、聞きたい内容だったのでそのまま流す。

 聞かれた加賀は、少し目線を泳がせた。


「そうですね……時間感覚は自信がありませんが、確かに、延々と蹴られたという気はしませんね」


 客観的で的確な判断だった。唐突に暴行され始めてから何分経過したかなど計れる人間は、まあ普通はいまい。

 しかし、ならば暴行の目的は何か、という話になる。 通り魔的ではなくした上で、暴行し、かつのは何故か?


「何か言ってませんでしたか?」


 柴塚が問う。

 そう、最も多いケースは『警告』だろう。ならばメッセージがあるはずなのだ。そしてそれは、おそらく柴塚のにつながるはずでもある。

 しかし、暴行で口止めされた被害者はを簡単には言ってくれないものだ。至極当然のことであり、如何にして柴塚警察を信じてもらうかが鍵である。


「ああ、言ってましたね。『余計なことを言うな』って」


 また思いのほか軽く返された。さすがの柴塚もやや目を丸くして固まる。傍の榊など一瞬ぐらついた。

 その榊がおずおずと口を出す。


「あの、加賀さん? 伺ってる方の自分が言うことじゃないですけど、『言うな』って言われたのをそんな簡単に言っちゃっていいんですか?」


 怖くないのか、と言外に言う榊に、加賀は笑った。


「いや、怖いのは怖いですよ? でも、病院の中まで殴り込みには来ないでしょう。僕がそこまでされるような重要人物な訳がありませんし、やるならさっき殺されてるんじゃないでしょうか?」


 唖然とする榊が、心底感心したように呟く。


「ホンッと肝が据わってますね」


「僕の研究テーマだと結構コミュニティにお邪魔することもありまして。出刃包丁で追い回されたこともありますし、フクロにされるのも実は初めてじゃありませんから。まあ、ここまで方々は初めてですが」


 しれっと物騒なことを言ってのける加賀に、榊の方が「いや、警察に通報してくださいよっ」と慌てる。しかし、それにも「それがですね、コミュニティの権力がよりも強い場合もありまして」と笑って返されて、榊は結局天を仰いだ。


 これはまた、かなりの変人だ。


 柴塚は、が「研究者なんてやってるのは大なり小なりなんだから」と言っていたことを思い出していた。それにしても、自身の安全とこうも易々と引き替えるとは。変人の中でも頭のネジが何本か外れている口だろう。


「何がそこまでさせるんすか……」


 あ、マズい。


 真上から真下へ視線を180度振った榊からこぼれた呟きに柴塚が気付いたときには、もう遅かった。

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