(4)
人間の修復を目的とする施設だけあって、温度湿度ともに人体にとって負荷とならないように配慮されている。それは、大気という生き物が独裁する外とは不可視の溝で分け隔てられているが、それ故に、病院内は無欠であり、無機的だった。
その中を
二度三度と通路を折れて、奈良橋がカードで自動ドアを開けた先、救急病棟に並ぶベッド。空いているベッドは一目で見渡せるが、薄いカーテンで軽く仕切られているところが所々にあった。現在使用中、ということだろう。もっとも、使用中だが仕切っていないベッドもあり、それを見る限りでは、どうやら処置済みの患者が一時的に収容される場所のようだ。
そのうちの一つのカーテンの向こうへ、奈良橋が声をかける。
「加賀さん、入りますよ?」
返事を待つそぶりもなく、さっさとカーテンを引く奈良橋。内側のベッドの上には、片足片手が固定された男性が横たわっている。
ざっくり三十代後半といったところだろうか。中肉中背に一歩届かないぐらいの、少し小柄で少し薄い印象だが、不健康そうには見えない。
「どうです?」
「ああ、先生、ようやく人心地って感じですかね」
ベッド横の丸椅子に腰掛けながら問う奈良橋へ、加賀から和やかな返答が来た。鎮静剤が軽く効いているのか、ずいぶんと伸びやかで軽やかな声だった。
その様子を診て、奈良橋は軽くうなずく。
「で、暴行を受けた件について警察の方が来られてます。お話を伺いたいとのことですが、いいですか?」
奈良橋は真っすぐ加賀を見たままだったが、加賀の目線は柴塚たちへと向いた。
柴塚と榊が無言で頭を下げる。
「ああ、刑事さん、ですかね? いいですよ、どうぞどうぞ」
医師の了解と被害者の同意が取れるまではと慎んでいたが、思いのほか軽く取れてしまい、榊だけでなく柴塚も若干面食らった。
が、順調なのは重畳。滞りなく話を進められる。時間が無いことに変わりはない。
「H県警察叶署刑事第一課の柴塚です。こちらは同じく榊です。少々お伺いしても?」
柴塚が警察手帳を提示して身柄を明らかにする横で、榊が「榊です」と素早く会釈する。対して、
「ええ、よろしくお願いします。さっきのことですよね?」
柴塚が聞きたいことは異なるが、その建前で居る以上はうなずくしかない。
「ええ。お話願えますか?」
「え……っと、そうそう、今日は大学の非常勤講師の日だったんで家を出たところ――いや、ちょっと歩いたかな? 後ろから『加賀秀行さん?』って聞きかれたんです。で、『はい?』と振り返ったとこをガーンと」
「殴られた?」
「ですかね? 頭の横を一撃。で、吹っ飛んで倒れたとこをまた、ボコボコにされました。良い蹴りを何発もいただきましたよ」
そう言って、加賀は苦笑する。
どうにも調子が狂う相手だった。聞くだに理不尽な不幸を浴びているのに、見るからに痛々しい有様なのに、それに比べると本人にあまり悲壮感が無い。もちろん嘆いているのは伝わってくるが、奇妙な割り切り感みたいなものがあるのだ。
にしても、今の話だと――
「――相手の顔は覚えておられない、その上複数名でしたか?」
「あ、そう、そうなんですよ」
「男性か女性か、大体何人ぐらいかは?」
「さすがに男だったと思いますよ? 見えた姿はみんな僕より大柄でしたし。3人だったかな?」
「何か特徴は?」
「うーん……何しろ突然でしたから……みんなYシャツにスラックス、頭は角刈り、サングラス、ぐらいしか……すみません」
「いえ」
立て続けの質問にもレスポンスが良い。回答も妥当な線から外れていない。意識は平常運転、というか冷静と言って良いぐらいだ。
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