(3)

 状況が飲み込め切れていない榊を一切気に留めないで、流れるように車を進める。まるで何度も周回したサーキットでタイムトライアルをしているかのように、柴塚の挙動は加速減速コース取り他全てで最適化されていた。

 ネットのルート検索でという条件検索があれば算出され得るタイムを湿る路面アスファルトで叩き出して、赤十字病院へ到着する。

 勢いをそのままに、車から自分の両足へと乗り換えて、柴塚が霧雨を裂くように病院受付へ。その後を榊が慌てて追いすがってきた。


「H県警察叶警察署の柴塚と申します。先ほど救急搬送された加賀秀行さんに事件について事情聴取を行いたいのですが、どちらにおられますか?」


「あ……」


 警察手帳を提示しながら問う柴塚に、受付の女性職員は若干の戸惑いを見せる。


 境管理官がすでに手を回しているか、手術中もしくは意識不明で面会不可なのか。は何だ?


 息が詰まった刹那、その柴塚の横から榊が顔を挟み込んだ。


「主任、コワいですって。あ、すみません、叶警察署の榊と言います。こちらに送られてきた被害者に少しお話を伺いたいんですけれど、出来ます?」


 柴塚へは唇を突き出すように、受付の職員へはにこやかかつ軽やかに笑いかけながら、榊は手早く話を振り直した。女性職員は目に見えて緊張を解き、「少々お待ちください」と言い置いてから、内線電話を手に取る。


「急ぎなのは分かりますけど、あの勢いで主任に詰められちゃったら、気の弱い人ならパニクるっすよ?」


 内線で連絡をされている間に、榊が改めて、小声で柴塚へ指摘した。柴塚は「そうか」と呟き、続けて息を一つ吐く。

 その辺りはどうにも苦手としていた。柴塚としては他意は全く無いのだが、同時にそういった機微への気づきも全く無いのだ。実のところ、人と接するにあたっては、柴塚は榊の如才なさを少なからず羨んでいたりする。

 それはさておき、と切り替えたところで連絡が終わったらしく、女性職員は受話器を置いた。


「救急診療科から係の者が参りますので、少しお待ちください」


 門前払いではないらしい。

 柴塚は胸をなでおろす。どうやら、少なくとも現時点では、境管理官本部よりも先んじることが出来たようだ。

 後は、本人に会話ができるだけの余裕があるかどうか、である。意識不明ではなくても、あごの損傷や精神的な混乱状態など、話が困難なケースは十分あり得る。それから残り時間の問題。高架下および廃工場の両事件に関係があると気付いたら、県警本部は速やかに封鎖にかかるだろう。


 一刻も早く。

 

 内心で焦りが刻一刻と広がっていくのを苦々しく抑えつけていたが、実時間ではほんの数分で、通路の向こうの奥から白衣を羽織った男が足早に現れた。

 柴塚の前まで来て、ほんの少しだけ会釈を、というか頭を傾ける。柴塚と同年代、もしくは少しだけ上の、何かしらのスポーツ経験者かのような締まった体躯。


「叶署の刑事さん? 救急の奈良橋ならはしです」


「叶署刑事第一課の柴塚です。こちらは同じく榊です」


 こちらは軽くでも明確に会釈をし、かつ榊も紹介しておく。隣で榊がさっと頭を下げた。


「さっきの患者さんから話を聞きにこられたんですよね?」


「ええ。出来ますか?」


「そうですね、肋骨やら上腕骨やらあちこちヒビが入ってますが意識もはっきりしてますし、大丈夫でしょう。こちらです」


 あっさりとうなずいて、奈良橋は来た通路を戻り始める。

 その後ろに続こうと足を踏み出す瞬間、榊がすっと寄って耳打ちした。


「『犯行声明例のアレがらみですか?」


 わずかに顎を下げ、目で肯定する柴塚。急ぐ理由を理解して、榊もようやく得心が行ったようだった。榊の所在なさげな雰囲気が無くなり、地に足がついたのが見て取れる。

 先を進む奈良橋医師との距離を詰めるように、柴塚と榊の足取りが早まった。

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