(2)

 それが手がかりだというのなら、から攻めることも可能なはずだ。

 実際、『七つ引きの引両紋』を洗っていた小野寺は、郷土史を専門とした民俗学者のコメントを拾っている。それは、つまりだった線だが、純粋に引両紋についての知見を有しているわけで、何らかのヒントを得られる可能性がある。


 何しろ、その民俗学者は『七つ引きの引両紋は希少な部類で、H県内で所縁ゆかりがあるのははずだ』とコメントしているのだ。


 それが今回の事件と何の関係があるのかは現時点で全く不明だが、少なくとも、犯人が誰かを脅迫するのに使えるが、何かある。この線が切れなければ、脅迫されるものへとつながり、そして犯人へとつながるはずだ。

 県警本部が押さえているのは。コメントした民俗学者はその範疇外だ。名前は確か加賀――


 デスク上のパソコンからアラーム音が鳴り響く。


 振り返った柴塚の目に飛び込んできたのは、県警本部通信司令室からの110番ネットワークだった。

 現場は叶署管轄区域内の東端、叶署が位置する市街中心の賑わいからはやや外れた、低層マンションが多く建ち並ぶ辺り。傷害、集団での暴行、最寄りの交番から出動済み、被害者は海岸寄りの赤十字病院へ救急搬送されて現在診療中、成人男性、所持品の免許証によると名前は――


 ――加賀かが秀行ひでゆき


 柴塚の体が跳ねた。


「向かいます」


 空調エアコンの支配下でもなお蔓延はびこる湿気を斬るように低く一言放ち、足早にドアへと向かう。その柴塚を迎えるように、先にドアの方が開く。

 開けて入ってきたのは榊だった。こちらは盛大な欠伸あくびを放っている。


「ふぁあ……おはようございます早いっす――って主任?」


 わき目もふらずに突き進む柴塚にすれ違われて、その勢いに榊がたたらを踏んだ。寝ぼけ眼で吹き抜けていった背中を追い、ついでに目を白黒させる。

 その後頭部へと赤井の檄が飛んだ。


「榊ぃっ! ついて行け!!」


「は、はいっ!」


 上司の一喝で神経が起きた榊が駆け出す。署の玄関で追いつき、そのまま柴塚に続いて捜査用車へと乗り込んだ。


「主任、なんで緊急自動車指定こっちに乗っ――ぅおっ!?」


 急発進で若干振り回されただけだが、予期していなかったらしく、榊の台詞セリフがブツ切れになった。

 構わずアクセルを踏む柴塚。

 110番ネットワークシステムの指示は必要となる部局――そこには巡回中の警官までも含まれる――へ、無線他で迅速に指示が発せられる。事件解決のため、最適な初動となるように、通信指令室から。

 叶署に指示が出されたということは、現時点では『加賀秀行』という名前が高架下と廃工場の両事件とまだ結びついていない可能性が高い。しかし、両事件のコントロールが刑事課管理官の境警視である以上、いつ情報封鎖される囲い込まれるか分かったものではない。


 時間との勝負だ。県警本部境管理官が気付くのが先か、柴塚が接触するのが先か。

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