(7)
「粉200でいいか?」
「アホ抜かせ、豆や豆」
論外だと言わんばかりに却下される。
今日の買い物のように行為そのものを楽しむ小野寺にとっては、コーヒー豆を挽くことはまさに娯楽の一つらしい。手間を惜しむタイプの柴塚には、どうにもピンとこない。省くことが出来る工程は省けば良い、と思ってしまうのだ。故に、柴塚の基本はインスタントか缶の二択である。
「今月中にはどうにかする」
「来週まで、な?」
空いた時間に――と思ったそばからいつ空くのかと自問自答し始めてしまった柴塚は期間をぼやかそうとしたが、小野寺はその辺りを見逃してはくれないらしい。
しかし、
柴塚が口を開かないことで話がまとまったと理解した小野寺が、少し硬い声へと変わった。
「コレ『犯行声明』の話やな? 俺、引両紋とか言うたっけ?」
「言った」
「よぉ覚えてんなあ。で、何で
刹那、
説明文を頭の中で書き始めて、自身でも唐突で眉唾な話だと思ってしまったのだ。第一に、県警のトップが独りで、非公式に一巡査部長を訪問するという時点でもう、普通に考えれば意味不明な事態である。
それに、小野寺が知ることで彼が巻き込まれる可能性もある。もっとも、昨日の会議の一見は既に周知の話となっているのであり、理屈で言えば、
しかし、県警本部長が捜査を
ならば、知らない方が良いのだろうか?
また、いずれ知られることになろうとも、自分から積極的に誰かを道連れにする気にはなれなかった。結果からすれば何も変わりはないが、単純に、柴塚の性に合わないのだ。
「……」
「まあええ、帰ったらちょっと洗ってみるわ。その線、確かなんやな?」
「ああ」
「ならええ。豆200g、忘れんなよ?」
柴塚から
携帯を仕舞いながら、柴塚は自分自身の一言を振り返っていた。
『その線、確かなんやな?』『ああ』
とっさに出てきた言葉だった。ということは、自分は藤木本部長を信じているらしい。捜査本部を立てて指揮権を奪った張本人を。
何故?
普通に考えればあり得ないだろう。実際、柴塚自身の自覚では疑っている。念には念を入れて
それなのに、そうは思わない。
藤木との話の終盤、急に態度が軟化した後から、藤木が胸襟を開いたように柴塚には感じられた。それはもちろんほんの少しのことでしかないが、
ならばどんな存在になったかと言われると答えが無い。言うならば、難題にハマっている時に正解は教えないがヒントは遠回しに提示する程度の
振り返る。
楠の下のベンチは主を亡くして所在なさげに見えた。
揺らめく陽炎が、去った藤木の名残のように
意味もなく、柴塚の手が敬礼の仕草へと動きかけた。
この事件の全てが終わった後、柴塚は、この一度きりとなった邂逅を、苦い思いとともに何度も振り返ることになる。
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