(6)

 言葉にしてみて、柴塚は、実際にネットをさらってみたのは小野寺で、具体的にどんな単語、文章、図柄などが飛び交っているのかを全く分かっていないことに、改めて気付いた。

 思いのほか答えしか持っていないことを知り、歯切れが悪くなる。


 しかし、それで藤木の反応が悪くなることはなかった。


「全く、取り留めが無さ過ぎる話だ。ほとんどが流言飛語デマというのがまた、やる気をがれるところだね」


 うなずきつつ同調していた藤木が、機嫌良さげに小さく笑いながら続ける。


「しかし、家紋とは。時代がかってると言うか何と言うか。中々面白いじゃないか。どんな家紋なのかな?」


 思わぬ食いつきの良さに軽く困惑した柴塚が、さらに記憶を引きずり出してく。


「……『引両紋』という、丸の中に線を引いた紋様デザインのようです。三本線ぐらいまでなら種類も多いそうですが、今回のは丸の中に七本で珍しいと小野寺が――」


 そこで切る柴塚。

 小野寺内々の協力者の名前を口走ったことで、口が滑っていることに気付いたのだ。相手に滑らせなければならないのに、失態である。歯噛はがみする思いだが、何故か緊張感が途切れがちになっていた。

 炎天下に疲れたか、はたまた、藤木の軟化につられたか。


「ほう? 小野寺君は博識だね。確かに、良く知られているのに室町幕府の足利氏の二つ引きなんかがある。線が四つ以上となると、まあ、あまり多くは無い――」


「はあ」


「――が、


 気の抜けた雑談のようになっていたが、最後の一言が柴塚の琴線に触れた。

 柴塚のまとう空気が引き締まる。


「……藤木本部長?」


調。捜査には関係ないかもしれないが、何事も知っておいて損はないものだ」


 にっこりと笑ってから、藤木はゆるりと立ち上がる。

 長身の柴塚と同じ高さで、目が合う。

 そのまま一歩、二歩と進んでくる。


「頑張りたまえ」


 すれ違いざまに柴塚の肩に手を軽く置いて、かたわらをすり抜けていく。柴塚は機敏に振り返りつつ「はっ」と敬礼をとり、その背中を見送った。藤木の姿が公園を出て街並みに呑まれたところで、念のために肩周りを中心に、ざっと探る。

 盗聴器の類は無し。まあ、こんなところで露骨なまねをするわけがないが、念のためだ。

 さらに念を入れて、不必要だが一応、公園の端へと場所を移しながら携帯を取り出し、手っ取り早く履歴から探し出して呼び出すコールする


「はいよ、何や?」


 3コールでつながった先から聞こえてくる声は、朝方ぶりで変わらない気安さだった。声の向こう側から何か曲が聞こえてくる。どこかの店の中だろうか。


「小野寺、を洗ってくれ」


「薫ちゃーん? 俺、目下絶賛有休中なんやけどなー? 忘れとらんかなー?」


 返されて思い出した。

 それに、そもそも職務外の内容なのだ。さすがにごり押しは出来ない。

 しかし、だからといって柴塚には他に当てはない。


「借り一つ」


「何か支払うてか? 何が交換条件バーターでも有休返上はせんけど――まあ? Green Bee Roaster の? 隠しブレンドを? 200gとかなら? 帰ってから少ぉしは時間を割いても良い気分になるかもしれんなあ?」


 Green Bee Roasterみどりバチのコーヒー屋は地元では有名な自家焙煎の珈琲店だ。その名物が『隠しブレンド』で、元は店主が完全に自分用に作ったブレンドだったのだが、常連にわれて振る舞ったところ好評を博し、いつしか名物となった逸品。

 ただし、店主の趣味全開で採算度外視のため、数量限定販売である。日中に行ったところで買えたためしがない。

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