(3)

 この季節だけに掛け値無しでサウナのような車内だが、屋根が一応ある駐車場な直射日光は受けない分は十二分にマシである。視野の端が霞むような熱気も、クーラーを全力で回すうちに退いていった。


 が、そう思うのもつかの間で、あっさりと目的地近くまで到着する。

 この辺りは大通りを除けば一方通行ばかりで、駐車場も数台レベルの大きさが点在している。無理に最寄りの駐車場へ停めようとすると、かえって不毛な時間が過ぎる可能性の方が高い。


 さっさと見切りをつけて、柴塚は公営駐車場へとハンドルを切った。

 城郭――というよりは見張り用の砦と言った方がしっくりくる大きさの――跡地である高台の公園の地下を掘り抜いて造られた駐車場は、優に100台以上の収容数を誇る。埋まっていることは、平日の昼間であれば、まああり得ない。

 目的地現場までも3分と歩くこともない。


 スイフトから降りて地上に駐車場から出たところで、純天然の熱線をまともに浴びる羽目になり、柴塚の目が一瞬眩んだ。

 数秒で瞳の虹彩が光量を調節しアイリスが絞られて、背後を振り返る。


 高さにして3、4階建てぐらいだろうか。

 積まれた石垣が、肌が、陸亀の甲羅のようだ。

 根本を囲うように植えられた松が、柵のように連なっている。

 折り返す坂と階段が、それぞれ別に、細く、細く、続いている。

 頂上はここからでは見えない。

 公園になっている、らしい。


 柴塚は、知らない。

 何も。


 どうも頂上の公園で何か工事をしているらしく、上から荷の吊り上げ用と思しきウインチのフックが垂れ下がっていたり、廃材を積み込んでいる鉄製コンテナバッカンの横に有名どころの建設会社名が記されている一輪車ネコ車があったり、土嚢袋が積み上げられていたりする。


 夕刻であれば、少なくとも午後になれば日陰になるのだろうが、今はただただ光を跳ね返してそびえ立つばかりだ。まあ、陽に照らされているので不穏な印象を受けるわけではない。存在感と自己主張はひしひしと受けているが。


 その公園と道路を挟んだ対面に、鉄道の高架が延びている。


 石垣に沿うように足を進め、大通りの横断歩道を渡る。高架下の側道を西へと向かうと、くだんの現場だ。

 遠目に人影が2つ確認できる。

 見当をつけつつ、柴塚は滞りなく距離を詰めた。


「あれ!? 主任なんでいるんすか?」


 近づいてくる柴塚に先に気づいたのは榊だった。


「謹慎中っすよね?」


とは言われたな。だから今日は行かんさ」


「えー、そんなんアリっすかあ?」


 何食わぬ顔で答える柴塚に、榊が驚いた顔から呆れ顔へとスライドさせる。その隣で、中年の男が愉快そうに小さく笑った。


「やるかなとは思ってたよ、しばくん」


「任せてすみません、鍛治かじさん」


 叶署刑事第一課強行犯係の鍛治谷口かじやぐちとおる巡査長。やや体重が増え気味なことを嘆く彼は、外見も人当たりも穏やかそのもので、第一課内で欠かせない潤滑油的存在だ。

 警官としての勤務年月なら柴塚の倍以上あるのに、柴塚よりも階級が下で柴塚率いる2班の班員なのは、過去に県警本部にから、というのは署内では有名な話である。鍛治谷口曰く「若気の至り」だそうだが、故に、未だ巡査長止まりであっても彼を軽んじる者は署内では一人もいない。


 柴塚にとっては、過去に者としては大先輩にあたるわけだ。


 彼が2班で柴塚の補佐的な位置にあるのは、何かと危なっかしい柴塚のを課長の赤井が狙ったもので、それは柴塚も理解している。


 素直に頭を下げる柴塚の肩を、鍛治谷口はにこやかに、軽く叩いた。


「ま、赤井さんの顔を潰さない程度に、ね?」


「はい」


 緩く諭され、再度頭を下げる。

 それから、逆に見上げた。

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