(4)

 左右均整シンメトリーに繰り返される、鉄パイプのような資材で組まれた足場。連結に打ち込まれたも含めてパターンのようで、いわゆる幾何学模様のようだ。


 単純な像がひたすらに反復されていく様は、それだけに没頭すると、深淵どこかへの回廊のような錯覚にとらわれることもある。


 その回廊にまとわりつかれている高架はき出しの状態だった。

 入っていたはずの店舗等建造物は完全に解体されている。こちらも先ほどの地下駐車場があった公園と同じく、様々な工具や機器、廃材一時保管用のバッカンが置かれていた。異なるのは、一輪車ネコ車やコンクリート等を剥がす用の電動ハンマー等々が――ざっくりとまとめてはあるものの――放置されている点。


 それから、立ち入Keepり禁止Outのテープ。


「主任、まだ現場はこのままっすか? いつ再開できるのかって何度も聞かれてるんですけど……」


 テープ前にたたずむ榊が、同じくたたずむ柴塚へと顔を向ける。

 この現場の建設会社の言い分も分かる。もう一週間以上工期が遅れており、出来るなら早く作業に戻りたいところだろう。

 だが――


「まだだ」


 一言で却下する柴塚。


 事件の手掛かりが残されている可能性は、自分たちや鑑識で総浚そうざらえしていても、無いわけではない。思わぬ盲点というものは常に存在するし、見方が変わったときに初めて気づくということもある。

 現場百遍とはよく言ったもの、なのだ。


 とりあえず、今日の目的の一つはことを確認することだが。


 テープを越えて侵入し、まさに遺体ホトケのあった地点で、柴塚はしゃがみ込んで地面をさらうように目を走らせる。


 無い、な。


 舐めつけるように視線を這わせて、予想通りの結論に至った。

 並んで同じように下を見ていた鍛治谷口が口を開く。


「やっぱり、犯行声明なんて無いねえ」


「ですね」


 うなずく柴塚。


「そりゃそうっすよ、あの時俺らだけじゃなく鑑識班までシラミ潰しに調べたんすよ? 見逃すわけありませんって」


 同じようにしゃがみ込みはしたが、ちらっと目に映しただけで切り上げた榊が興味なさげに大きく欠伸あくびをする。そのあまりの無遠慮さに鍛治谷口が「なに、寝不足かい?」と苦笑すると、慌てて「あ、すんませんっ、ちょっとゲームにハマっちゃいまして」と榊は弁明した。

 小野寺がいれば乗るのだろうが、柴塚も鍛治谷口もあまり詳しくない話題だったので、二人して首を傾げるしか出来ない。柴塚が「職務中だ」とだけ釘を刺したが、「はいっ」と威勢良く答えるくせに、榊は欠伸を連発する。

 どうも、芯から睡眠不足らしい。


 立ち上がりつつ、そのまま上へと視線を移す柴塚。


 真正面には高架の支柱が一本。柴塚人間では比較にならないほどの背丈で見下ろされている。組み上げられた足場は、巨躯を囲う檻か、まとわりつく蛇か。

 その蛇の胴から、足場から、被害者時田は吊られた姿で発見されたのだ。


「確かに、隠そうとはしていないね」


 同じく顔を上げた鍛治谷口が呟いた。

 吊るロープは、支柱を囲う足場を通って地面へと伸びて、足場が接地している辺りでくくられていた。高さはなかったが、高架下の内側ではなく外側、大通りに面しているところだ。


 隠そうとするどころか、これ見よがしに晒している。


 昨日の会議で境管理官が口走った「犯行を隠す気がない」というのも、その通りだとは思われた。

 ただ。


「ですが、誇示する程ではないですね」


 見上げつつ、柴塚が応える。

 繰り返しになるが、。率直に言えばのだ。記憶では、遺体のつま先から地面までが10センチか、せいぜい20センチほど。目立たせるつもりならもっと高く吊るだろう。首を程の豪腕なら苦もあるまい。

 ややちぐはぐな印象もある――


 ――が、それだけだ。

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