2.三日前

姿無き現場

(1)

「あかんかったわ」


 小野寺は片手を立てて軽く詫びた。


 柴塚の自宅近くにある公園、その角にある喫煙コーナー。そこに柴塚と小野寺の姿はあった。柴塚はスーツ姿だがネクタイは無し、小野寺は見るからに私服である。

 やや大きめのこの公園は雑木林に面しており、面している側の角ともなれば道路に抜ける路もなく、遊具の類も何もない。


 要するに、人が寄る理由がない。

 故に、喫煙場所として区分けされているのだ。


 喫煙者以外に近寄ると思えないこのロケーションに、さらに、半透明の衝立ついたてで囲われて、おまけに衝立には喫煙所マークと20才未満禁止マークが全面にこれでもかと塗装されている。


 大体4、5人ほどで満員になりそうなスペースで灰皿を囲う二人。小野寺は加熱式なので煙が立たないので、立ち昇る紫煙は柴塚の紙巻き煙草の分だけだ。


 平日の午前中、10時過ぎ。

 火の玉お日さまは既に天高くに舞い上がり、好き好んで公園で時間を潰す大人はいない。

 先客が居る旨を告げる狼煙のろしのように、煙る。

 さして声を上げなくても届く、それが傍目にも不自然ではない、距離感。

 そばの雑木林から折り重なる蝉の声で、外側からは話の内容どころか声すらも聞き分けられない。


「無理か」


「まあなあ」


 柴塚に肩をすくめて返す小野寺。そして一服し、改めて口を開く。


「そもそもがな? 後出し過ぎるねん。ネット上の書き込みやらコメントやらを追うこと自体は、まあ不可能とは言わん。発信元を辿る追うだけやったらプログラム組んで自動で検索と追跡さ走らせればええんやし、仮に手作業としても件数が数十とか、数百ならまあ、根性で出来んことはない。けどな? のを全部追ってられるかっちゅう話や。サンプル採って標本調査でええわけじゃないやろ?」


 聞きながら柴塚も肩をすくめた。

 確かに、小野寺の言うとおり、全体の傾向をざっくり調べるという話ではない。

 作為的に情報が拡散されたのか否か。

 証明が必要であって統計が必要なわけではないのだ。


検索する洗うワードも『犯行声明』じゃあ漠然としすぎや。せめて『犯行声明』のなんか、もうちょいが絞れたら、まだ、なぁ……」


 昨日の会議の顛末は、各人が得た情報量に差はあれども、その午後には署内全員に知れ渡っていた。

 なお、小野寺は情報量の多いくわしく知っているクチだ。故に『犯行声明』がであることは理解しており、既に『犯行声明』に関するものに焦点を絞っている。


 その上でのお手上げ『あかんかった』、ということだ。

 しかし、この件で小野寺を責めるのはお門違いだろう。彼の談は至極当然である。

 大体、小野寺は装備課でサイバー対策課ではない。そもそも叶署にサイバー対策課自体が無いのだが。


 いや、となると、県警本部なら追えるのだろうか? しかし――


「まあ、専門の人員抱えてるトコ本部のサイバー対策課なら何とかするんかもしれんけど、情報共有して教えてくれそうか?」


 ――だ。問題は。


「……難しいかもな」


 昨日の様子境の反応からすると、県警本部は情報を持っているのは間違いあるまい。

 だが、それは本部が事件解決のために捜査して手に入れたものではなく、おそらくは、が圧力をかけられた際に情報だろう。


 であるならば、それは圧力をかけた者にとっても類の話である確率が高い。境管理官のあの対応がそれを物語っているではないか。


 小野寺が分かりやすいため息を吐く。


「はぁぁぁ、やっぱりか。聞いた限りやと、本部は内密にこそっと進めたいみたいやな」


 小野寺いなかった者まで柴塚と同じ印象を持っているらしい。

 いや、柴塚が境管理官と話したやりあった内容のせいか。


「感触だけだが、おそらくな」


 県警本部が最優先としているのが捜査のコントロールなのは間違いないが、下手をすると、、という続きは口にしないことにする。

 その辺りは、会議室に残った部下の榊にでも確認すればいいことだ。

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