(6)
「柴塚巡査部長、何か?」
「『犯行声明』で動かされたのは誰ですか?」
「何の話ですか?」
「『犯行声明』で県警本部が動かざるを得なくなった。誰から誰に話があったのですか? 本部が把握する犯人像はどれほど具体的になっていますか?」
にらみ合う柴塚と境を余所に、「何の話だ?」「犯行声明?」と会議室内にざわつきが戻る。今度は叶署側の出席者だけではなく、県警本部からの捜査員も、声は出さないものの左右に視線を走らせる等の動揺が見られた。
境は答えない。
代わり、ではないが、後ろに座る部下の
「あの、主任、犯行声明ってネットで飛び交ってるアレですか?」
「そうだ」
振り返ることなく柴塚は答える。
視線は境へと固定。
変化を見落とさないように。
「確かにこの数日少しバズってる感じですけど、根も葉もない噂ばっかりじゃないですか?」
「その通りだが、俺たちの捜査では見つからないつながりと言えば『
境の様子は変わらない。
「え? じゃあ主任はあの噂の中に本命が混じってると?」
「何にしても、本部を動かせる
境の様子は変わらない。
「……それ、本部は何か掴んでるってことになりません?」
「なるな」
境の目がほんの僅かだけ細くなる。
ここまでか。
柴塚の読みに応えるように、境管理官が人差し指で机を軽く叩いた。
そして小さく呟く。
「なるほど、これが“叶署の柴犬”ですか」
柴塚の目も鋭さを増す。
ぶつかり合う視線。
「柴塚巡査部長、それは県警本部を批判しているのかね?」
「いえ。ただ、捜査の進展のため、情報は共有していただきたいと」
温度の下がった境に、真っ向から対峙し続ける柴塚。
藪をつついてみたところ、鼠ではなく蛇が出てきた。脳の一部と討論して生まれた推論は、どうやら見当はずれではなかったらしい。
ならば、装備課の小野寺に任せたネット上の噂の調査の結果が待たれるところだ。
捜査でやや手詰まり感が出始めたところだったので、突破口とまではいかなくても、状況の打破のきっかけになるかと思うと一つの成果ではある。
県警本部ににらまれる結果になりつつある現状が問題ではあるが。
「捜査の進展のため、ですか。なら目撃証言の一つでも取ってきていただきたいですね」
ちくりとこちらの弱みを突いてくる。そこを引き合いに出されると柴塚としては反論しにくい。
「捜査の成果も出さず、本部批判を――」
「柴塚ァっ!!」
境が柴塚を追いつめようとし始めた矢先のところで、赤井が怒声で割って入った。
冷えて凝り固まった空気が微塵に砕け散る。
「ロクに結果出してないくせに生意気言ってんじゃねえ! 今日明日は出て来なくていい、帰って頭冷やしてこいっ! 退出!」
「はっ!」
ほぼ条件反射で返答と敬礼をして、柴塚は
境管理官の方が上役ではあるが、
実態は逆であっても。
赤井に
部屋から出てドアを閉める。
薄くまとわりつく緩い熱気が、軽い。
重い涼風が沈む会議室内を振り返る。
おそらく、この後、県警本部が押さえる
問題なのは――
――真相を究明する気なのか、それとも、隠蔽する気なのか。
本部の意図はどちらに寄っているのだろうか。
檻の扉のようなドアに背を向けて、柴塚は足を踏み出した。
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