(4)
一通りを聞き切った境は、軽くうなずいてみせた。
それ以外には反応はあるまいと思っていたが、意外にも、境はこめかみを押さえるような仕草に併せてため息を吐く。
「なるほど、マスコミに随分と弄られているとは思いましたが、あながち誇張でも無かったわけですね。離婚調停中に不倫、それも家庭持ち相手とは、また……」
思っていなかった素振りに、柴塚の方が少し面食らった。
そこに怒りが感じられたのだ。
もちろん表情には出さないが、胸の内で疑問符を浮かべる。
柴塚の戸惑いなど知る由もない境は、ため息一つ吐いた後はもう元に戻っていた。
眼鏡の位置を軽く整えて、境が改めて口火を切る。
「報告の限りでは、初動としては妥当な状況ですね。高架下の件で目撃者が見当たらないのを除けば、ですが。犯行現場や付近の不審者は元より、被害者本人の目撃証言も無いのですか?」
来たか。
当然といえば当然の質問ではあるが、つながりの見えない2案件の合同本部設立という無理筋がある前提では、難色を示す所轄の勢いを牽制するという意味合いが出てくる。
自身の
「ありません。午後9時以降は
余計な揚げ足をとられないよう、せめて淡々と回答する柴塚。
しかし、柴塚の危惧はことごとく外れるようだった。
「ふむ。今の報告からも、両件がつながっている可能性が示唆されますね」
もちろん、叶署の一同は誰一人として納得どころか、どこからその結論になるのか理解できない。その率直な感想を、意見を、一体誰が言えるのかとあちらこちらで目配せをし合う数秒間があり、結局、叶署からの参加者では一番の上役が肩を落とした。
咳払いを一つする
「あー、失礼、管理官。今のどこからつながっていると?」
「犯人像ですよ。両方とも常人では不可能、相当な体格と筋力の持ち主でしょう? 犯行を隠す気が見られない点も一致しますね」
「おいおい……」
あっさりとした境の回答に、またもや叶署職員の間が騒然とする。
確かに、高架下では首が絞め折られ、廃工場では頭蓋骨を鈍器で貫通している。並みの力自慢では届かないことは事実だろう。
しかし、物証も証言も無いのにそれを同一犯と考えるのは、見込み捜査の悪しき実例以外の何者でもあるまい。
「管理官」
隣から手が上がる。
「何ですか? 長谷川警部補」
「犯人像が類似しているとは思いますが、同一犯と考えるのは
「そうでしょうか? 随分と特徴的だと思いますが。こんな殺害方法を実行できる人間がそうそう居るとも思えません」
「それはあくまで心証の話では? 同一犯を示す物証どころか目撃証言すら無い現状、何の根拠も無く断定するのは……」
「ですから、可能性を想定して、と申しましたが?」
長谷川と境のやりとりが繰り広げられる。
表面ではビジネスライクな質疑応答だが、裏面では真っ向からぶつかり合う――いや、噛みつく長谷川を境があしらう、といったところか。長谷川がほんの僅かずつだが前のめりになっていくのに対して、境は表情にも姿勢にも何一つ変化が見当たらない。
「可能性で合同捜査本部を立ち上げるんですか?」
「可能性がある以上、捜査に先入観を持ち込まないためにも情報を共有することは必要でしょう。そのためには捜査本部設立が最適と判断しました」
「可能性で判断することこそ先入観でしょう!」
「ならば、否定していただけますか?」
さすがに激してきた長谷川へ、境が冷ややかに投げかける。
「は? 否定、ですか?」
「ええ。可能性は無いと、犯人は別だと証明してください」
「それは……っ」
唖然とする長谷川。
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