2.四日前(2)‐ ii

「――絞殺事件との関連が疑われる同署管轄内の廃工場こうば内撲殺事件を、同一犯による犯行の可能性を想定して、二つの案件の合同捜査本部を設立し、警察本部からも捜査員を動員して事に当たることとしました」


 止まった。

 一同が固まった、と言い換えても良い。会議室内の世界がボタンでも押されたかのように、一瞬、全てが止まった。

 聞き取れなかったはずの室外の蝉の声が、殊更ことさら耳に届いてくる。


 耳鳴りのように、響く。


 次の瞬間、時間の欠損分がまとめて詰め込まれたかのように、一気に動揺が広がった。

 さしもの柴塚も目を見開いたまま固まってしまった。


 ……同一犯の犯行? 高架下こちら事件ヤマ廃工場長谷川係長事件ヤマとの合同捜査本部?


「っと、ちょっと待ってください」


 柴塚の、参加している叶署員全ての疑問を長谷川が代弁する。

 境管理官が水を向けた。


「あなたは?」


 長谷川が立ち上がる。


「叶署の刑事第一課強行犯係長の長谷川雄一郎警部補、今言われた廃工場の案件を担当している者です」


「ああ、あなたが。で、何か?」


 長谷川が息を吸って、吐く。

 呼吸が聞き取れるあたり、意識して踏みとどまっていることが察せられた。表情には微塵も表していない、無感情もしくは平静にしか見えないが、内心では「何か?じゃないだろうが」と吐き捨てていることだろう。


 言葉を組み立てつつ、長谷川が口を開く。


「いえ、その、二つの案件の捜査本部を立てるのですか?」


「はい」


「同一犯の可能性を想定して?」


「そうです」


「それは、つまり、、ということですか?」


、捜査本部を設立することにしました」


 断言を避けるように言い回しを繰り返す境管理官に、叶署員側の疑念が溢れ出た。「んな馬鹿な話が……」「おかしいやろ」「何でそうなる?」と、声を荒げないまでも、明らかな不満と疑念が飛び交う。上意下達な組織である警察にしては異様な光景だった。

 一方で、県警本部から派遣されてきた捜査員たちは一様に口をつぐんでいた。瞬きすらしない。徹底した見ざる聞かざる、無反応ぶりである。

 普段であれば――気心が知れる、となるのは難しいものの――同じく警察機構に身を置く者同士として協力し合うのが常なので、ここまで割れることはまず無い。


 さすがに軽く頭を振って、長谷川が今度は手振りも交えつつ口を開いた。


「高架下の案件と廃工場の案件は、まだ初動の段階ではありますが、関連を示唆する証言も証拠も出てきていませんが?」


 境管理官が赤井へと「そうなのですか?」と顔を向けて、赤井が「そう報告を受けていますな」と返す。やや投げやり気味な赤井の素振りを意にも介さず、境は悠々と首を傾げてみせて、さらっと口にした。


「ちょうど良いですね、進捗を簡単に報告いただけますか?」


 ぬけぬけと掌を広げて勧められ、長谷川の表情筋もさすがに抑えきれなくなったか、こめかみ辺りが一瞬痙攣する。


 長谷川は、確かに、雑に仕分けすればインテリに入る。が、だからといって頭脳派に偏っているわけではなく、むしろ学生時代はかなりの肉体派だったという話だ。剣道でインターハイ候補までは残ったと聞き及んでいる。

 その上で、やりとりを経てきた男なのだ。

 その事実を柴塚は思い返していた。


 つまりは、隣席で吹き上がる――いや、もはやか――をひしひしと感じていた。

 膝を突き合わせる距離ではないとはいえ、長谷川それを正面にすると結構な迫力を感じるはずだが、境管理官も試験対策だけで生きてきたタイプではなかったらしい。


 相手平然としている崩れる気配も無いのを見て、何にしても無駄だと判断したようで、長谷川が咳ばらいを一つ挟んだ。

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