(4)

「あったのか?」


「知らんがな! お前が知らんのに俺が知っとるわけ無いやろ」


 思わず間の抜けた問いかけをした柴塚へ、間髪入れずに小野寺が返す。至極もっともで、同じ課柴塚が知らないのに他の課小野寺が知っていたらおかしい。

 階級で下になるものの柴塚と長谷川は同課同係内の班長同士、常にそれなりの情報交換がされている――ほどにという点を度外視すれば、の話だが。


 現時点ではそれ以上詳しい情報が無い柴塚は口をつぐむ。


 自分が知らないだけでが残されていた可能性……。

 自身が追う絞殺事件では、何より自身が現場を見ている。

 長谷川が追う撲殺事件については、たとえ胸襟を開く間柄ではなくとも、それほどに目立つ手掛かりふざけたモノが見つかれば耳に入るだろう。


 ……無い、な。


 結局、結論は同じになった。

 そうすると、そのネット上の噂とやらは単なるデマだ。

 が、ならば小野寺が話題に挙げるとは考えにくい。そもそも、真に受けていないのは口振りに表れているし、このご時世でそんな痕跡が確認されれば即座に署内に知れ渡るだろう。

 つまり、小野寺が不審に思うがあるわけだ。


「何が引っかかる?」


「うーん、ちょっとなあ……凶器がらみで報道に出したネタ、お前のは『紐状のもの』、長谷川係長のは『鈍器』だけやったやろ? それが『一般的なビニロンロープ』と『金槌』になっとる」


 柴塚の眉がピクリと反応し、目が細くなる。

 その通り、絞殺に使用されたのは一般的に広く流通している、いわゆるビニロンロープで間違いない。撲殺にいたっては、解剖結果から推定されている『金槌のようなもの』を言い当てている。


 知っているのは、捜査関係者か、もしくは犯人か。


 疑う理由としては十分――にしては小野寺の話がどうにも煮え切らない。


「怪しいと断言できないのか?」


「それがなぁ……バラッバラなんや、とにかく。噂自体が錯綜しとるっちゅうか、まあ噂なんやから元来そんなもんやけれども、とにかくバリエーションが広い。程にな。ちょっとした謎扱いになっとって、軽くバズっとるせいでもあるな」


 つまり、『ビニロンロープ』『金槌』の単語が出ても不思議ではないぐらいに多種多様な名称が飛び交ったということらしい。

 『ビニロンロープ』は、名称こそ一般的に周知されているとは言い難いが、それでも、どんな用途で使うにしてもとりあえずは大丈夫と言われるほど汎用度が高く、広く普及している品である。『金槌』は言わずもがなで、諸説入り交じるような状況ならまぐれ当たりがあっても不自然とは言い切れない。


 署内ではIT機器関連に一番精通している故に、サイバー犯罪対策課まがいの仕事まで被ってしまっている小野寺の感触なら、それがまず公正なところなのだろう。

 ネット関連ならば、身体を動かすのが基本の柴塚よりも間違いなく信頼できる。


「犯行声明とやらも、文字通り文章が書かれていたっちゅうふざけた話から引両紋まで選り取り見取りや。どうやったらそのとやらを見落とせるんか教えてほしいわ。そうそう、『無能な警察を哀れんで犯人が残してくれたヒントだろ』って、まーあ感謝感激雨あられないっぺんボコりたくなる分析コメント残してくれてるヤツも居やがったな。ちょっと目立つ事件ヤマの担当は災難やな薫ちゃん」


 ネット上の流言をさらっていた時の怒りを思い出したらしく、小野寺が語気が軽く荒れた。そして最後に柴塚へのねぎらいを付け加える。


 とは、被害者の時田が現副市長の弟だということだ。

 時田の素行不良具合がマスコミにさらされて以来、副市長が謝罪コメントを発表しなければならない事態にまで進展している。本人の非ではないのに副市長が謝罪しなければならないことが、柴塚には今一つ理解できなかった。

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