(3)

 小野寺の言うとおり、不夜城とまでは言わないものの、そこにここにと灯りが絶えない24時間活動し続けているこの街で、誰の目にも引っかからないとは考えにくい。

 見ていても気に留めていないだけで、目には映っているはず――そう思って、柴塚はかなり執拗に聞き込みをしたのだが、一週間ほど経過した結果は文句のつけようのない程の空振りだった。

 まるで被害者本人が足跡を消しているかのようだ。


 返事をしない柴塚に、独り言のように小野寺が話し続ける。


「しっかし、“警察犬おまえ”が追えへんって、こら相手を誉めるべきか? もういっそ、心眼を会得した武の達人とか、気配が見える超能力者とか言われた方がしっくりくるな」


 “警察犬”は柴塚のあだ名のようなものだ。

 職務にわき目もふらず邁進する、言い換えれば融通が利かずにただひたすらに犯人を追い続ける柴塚は、その姿勢スタイルから“叶署の柴犬”と呼ばれていた。もっとも、小野寺は「柴犬はもっと可愛いやろ、お前はドーベルマンとかそういう厳ついタイプや」と、“柴犬”呼ばわりを否定している。

 かげでは蔑称として“柴犬”が使われていることも承知している柴塚は、小野寺の気遣いに心が温まるのを感じていた。


 が、改めて礼を言うような間柄ではないので、かすかに笑うだけで、柴塚は「人間には変わらん」と短く返す。


 人である以上、殺害には自身が何らかの形で関与しなければならない。どんな方法トリックを使おうとも、人間であるならば、殺害と自身を完全に無関係にすることは不可能だ。


 そして、意図して人を殺すのは、いつだって人以外にいない。


 ならば、追える。


 短くなってきた煙草を口に運びつつ、柴塚は改めて小野寺へと顔を向けた。


「で?」


 言葉足らずにも程があるが、小野寺にはこれで通る。

 そもそも、今回声をかけてきたのは小野寺の方なのだ。つまり何かしら話がある、ということだ。


「ああ、ちょっとな。妙な噂がネットで流れとる。知っとるか?」


「知らん」


「現場に犯行声明が残されとった、とかいう噂や」


「犯行声明?」


 さすがの柴塚の首も斜めに傾いた。

 からだ。


 現場検証には柴塚自身が立ち会った。そんなものは見当たらなかったし、誰からもそんな指摘はなかったし、もちろん報告書にもそんな記載はない。

 柴塚の反応から理解している小野寺がうなずく。


「よなぁ。お前から鑑識から、現場におった全員が見落とすなんて考えられん。『遺体の下の地面に犯行声明が残されていた』として、見落とすか普通?」


「無いな」


 柴塚も即答する。

 いくら何でも――確かに人間はミスをする生き物ではあるが、それでも――さすがにそれほど目立つ位置にあるものを見逃すことは無い。


「俺もそう思うわ。それがあったんやと。さらにな? その犯行声明、んやとさ」


「は?」


 非常に珍しいことに、柴塚の開いた口がふさがらなかった。


 叶警察署刑事第一課が目下捜査中の案件は2件。

 一つが、柴塚率いる第2班が担当している鉄道高架下絞殺事件。

 もう一つが、刑事第一課強行犯係長の長谷川はせがわ雄一郎ゆういちろう警部補が率いる第1班が担当している、廃工場こうば内撲殺事件だ。


 撲殺事件こちらは先週末の5日に発生したところで、犯行推定時刻は同じく午前2時前後、現場は鉄道の北側に広がる市街地の中の廃工場だった。

 その辺りは住宅街になっているが、建築基準法上は第二種住居地域であり、意外と小規模な事務所や工場が点在している。そして、折からの不況で廃業した店も多く、廃屋と化したまま放置されているケースも、実は珍しくは無い。現場はそんな廃工場の一つだ。

 こちらの事件は偽装も何もなく撲殺。頭蓋骨の頭頂部からやや左後方の部位に直径4センチメートル程の陥没及び亀裂骨折が認められ、密度の高い素材であり堅固かつ質量のある――例えるなら金槌のような――鈍器で殴打されたと考えられる。

 ただ、陥没がしており、こちらの犯人も高架下の事件に負けず劣らずの強者らしい。

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