(2)

 表情の割には淡々と答える。が、そもそも表情は無意識の名残にすぎないので、柴塚本人の自覚的には別に何ともないから当然ではある。


「あらま。初動でアタリが付けれんかったのは痛いな」


 軽く肩をすくめる小野寺に、柴塚は無言でうなずく。

 初動捜査で目撃者を見つけられないと、捜査が長引く確率が高くなりがちだ。人の記憶というものは時間が経つにつれて、どうやっても不鮮明になる。

 それにしても……。


「それにしても、犯人ホシならまだしも、夜の9時から深夜の犯行時刻まで被害者ガイシャの目撃者がゼロて。そりゃ東京には足元にも及ばんけれども、地方ではかなりの大都市やでこの街。9時なんぞ宵の口やないか、人目なんか腐るほどあるんちゃうの? でなくても、そこらのカメラに引っかかっとらんのかな? って何の理由も無しに録画見せろとも言われへんけれども」


 柴塚の頭の中を拾うように小野寺が続けてグチって、肩をすくめてみせる。

 まさにその通りだった。


 今、柴塚が担当している鉄道高架下絞殺事件。

 8月2日未明に発生したと推定されるこの事件は、同日の朝7時半頃に通勤中のサラリーマンにより発見された。

 現場は鉄道高架下、小さい店舗が軒を連ねていたところを再整備するということで、全ての店が退去し現在工事中となっている一角だ。そこに首吊りしている成人男性が見つかったのだ。

 そう、状況は縊死いし、自殺を想起させるものだったが、検視から続いた司法解剖の結果では絞殺だった。まあ、医師でなくても、ロープによる索状痕さくじょうこんが首に二重に残っており、一つは斜めに入っている首を吊ったあとだが、もう一つの痕は水平に入っていたため、初見でも不審死であることは間違いようがなかったのだが。

 そして、解剖で頸部くびを水平に圧迫する索状痕が先についたものと確認され、絞殺と断定されたわけだ。


 死亡推定時刻は8月2日午前2時から3時。

 凶器は首吊りの偽装に使われたロープで、首に巻き付け左右から強く引いて絞めたことによる頸部圧迫での絞死。気道を閉塞したしめたことによる窒息が死因だが、頸椎首の骨にヒビが入っており、犯人は成人男性の首を程の筋力の持ち主、ということになる。大した剛腕だ。


 被害者はH県職員、土木部技術企画課業務係長の時田ときた尚也なおや


 44歳男性、H県内K市御幣島みてじま諸島久七島くなじま出身、市街の進学校へと進んで国立大学卒。中背だがラグビーをしていた名残で体つきは良い。既婚で家庭持ちだが交友関係は広く、度々不倫騒動を起こしていて女性関係については評判が悪い。なお、繰り返される騒動に辟易した時田の妻は現在別居中かつ離婚調停中であり、時田の放蕩ほうとう具合に拍車がかかっていたようだ。


 故に、今回も女絡みかと洗ってみたところ、案の定浮かんできた――ことには浮かんできたのだが、今回の不倫相手は、時田には秘密にしてたらしいがで、犯行時刻のアリバイはから証言が取れた。

 不倫相手の女性の家庭にヒビを入れてしまったのは少々申し訳ない気もしたが、まあ致し方あるまい。


 それにしても、時田の妻は、今回の相手おんなは自身との離婚後に再婚を辞さない程に入れ込んでいると感じていたらしいが、肝心のその相手おんなが家庭持ちとは。皮肉なものだ――


 ――と、そこまではとどこおることなく判明したのだが、そこからが良くなかった。


 まず、凶器のロープはトラックロープから綱引きの綱まで、各種産業から遊具にまで幅広く使われる一般的なものだった。ポリエステル混の割合等々が分かってもメーカーを特定することが出来ないほどに、様々な商品が流通しているロープである。

 特定できない以上、凶器の入手ルートを洗って犯人をたどるのは難しい。


 そして、今話題になっているとおり、目撃証言が皆無だった。現場での目撃証言は元より、それ以前の被害者の足取りすら不明。

 その日、時田は夜7時頃に終業して部下と飲み、夜9時過ぎに「忘れ物をした」と職場へ戻っていったらしいが、それから犯行時刻まで、時田がどこで何をしていたのかが分からないのだ。

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