あのね、
弥生 菜未
答えはないんだよ。
○でも×でも△でもない形があったらいいのに。
そうしたらきっと、僕は自由だ。
自分の考え方や行動に正解がなくて、不正解がなくて、それでいて否定されることもなくて。
そんな、○でも×でも△でもない形があったら、きっとみんながその形を欲しがる。その形を手にいれたとき、みんな同じだからきっと分かり合えると思うんだ。形は同じでも、中身が違うから分かり合おうと歩み寄る。
もし○でも×でも△でもない形があったら、きっと無敵だ。
×
僕は一人っ子だから、手探りで普通を演じてきた。
和を乱さず真っ直ぐに整列することも、目立ちすぎず自分の気持ちを圧し殺して笑うことも、自ら探し当てた答えだった。
そうしたら友達ができた。偽りがあることを知らないし、裏切りがあることも知らない。あの頃の僕は純粋だった。
好きだとか、嫌いだとか、そういった概念は子供であるほど自由で、大人になるほど偏見と差別の雁字搦めだ。大人といってもまだ未成年な僕でもそう感じるのだから、この先はきっと碌でもない現実が待ち受けているのだろう。生きづらくて、箱庭のような逃げ場のない世界。そんなもの窮屈としか言いようがない。
『喧嘩するほど仲が良い』
大人に諭されてそれを本気にした僕は愚かだった。喧嘩して本音をぶつけたら友達は離れていった。
嘘つき。
それから僕はクラスの異端者だ。
世の中そんなに甘くない。見た目は似通っているのに、中身に相違点が見つかるとすぐに疎外したがる。
少しの違いを許してはくれない。
心が違うとすべてを認めてもらえない。
理不尽だ。
もしみんなが同じ形だったら。男も女もなかったら。
見かけ倒しで中身が合わないこともあるかもしれない。戸惑うこともあるかもしれない。騙された、と思うこともあるかもしれない。
でも、形が同じだから、きっと受け入れられる。
僕はそんな形になりたかった。
そうだったら、僕が学校でいじめられることもないし、指を指されて笑われることもない。みんなが平等で、誰も傷つくことなくみんなが笑っている。
同じ形をしているの。
笑い方も泣き方も同じなんだよ。
口角が上がって、涙が出て、心が揺れる。
不安定に揺れて、同じ形だから支えあえて、立ち直れる。
でも、今の僕じゃ立ち直れないよ。
僕は女の子。だけど、女の子が好き。ただそれだけのことだった。
教室の片隅で肩を小さくさせながら、さらに心の片隅で、僕は小さく泣いている。今の僕は不正解なものなのだろうか。だから疎外されるのだろうか。同じ人間なのに。
よくわからないよ。
△
窮屈な学校を卒業すると、僕はまた新しい別の世界に飛び込んだ。
知らない人がたくさんいる。でもみんな同じように自分の選択でここに来た。クラスごとにそれぞれの色があり、その色は僕を温かな気持ちにしてくれる。
僕がズボンを履くことも、僕が短く髪を切ることも、僕が僕って言うことも。
みんなが認めてくれる。
男の子も女の子も。
無条件に認めてくれた。
そうして僕は男でも女でもない、たった一人の僕になれた。
○
僕ね、○でも×でも△でもない形を見つけたの。
でも、本当は○や×や△が合わさってできているの。
それはね。
○の頭があって、×のように交わる手足があって、身体がある。身体の中には肺や肝臓、っていう△がある。手足がなくても、血管が交わってできる×や、おへそのようなばってんがある。
○でも×でも△でもないのに、○や×や△でできているの。
不思議だよね。
でもそこには、正解があって、不正解もあって、正解でも不正解でもない答えがあるから、考えて悩んで迷って、どうしようもなくなるときがある。
そういうものなんだよ。
だから、支え合えばいいんだよ。
中身は違っても、みんな同じ形をしているの。
不安だし、怖いかもしれない。
でも大丈夫。
どんなに見栄を張ったって、みんな同じ形だから。
他の動植物が生きるために姿を変えたように、僕らは長年の進化の果てにこの形になった。
心を映したようなこの形はね、
ヒトガタって言うんだよ。
ちゃんと意味がある。
それが正解も不正解も分からない、僕の答えだ。
あのね、 弥生 菜未 @3356280
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