第38話

「ジョスランは生きていましたよ」


 帝国のイーサンから、養子にしようとしていたジョスラン・ブラスローは生きていたと聞かされたとき、宰相のギヌメール侯は安堵した。

 ただその安堵はつかの間のもの。

 実際に養子にした人物が、外患誘致罪を起こした。

 方法そのものは、神代の血筋を王家にくわえるという、本当に達成されるかどうか不明なものだが、そういった考えを持ち、実行していたのが問題だった。


 ギヌメール侯は素早くジョスランを切り捨て、この事件の早期収拾について、政敵でもあるホルスト公にも歩み寄り、話を進めていった。


 政敵側のホルスト公は、養父でもあるギヌメール侯がジョスランたちを唆し、協力したという方向に持っていき、排除しようとしてきた。

 もちろんホルスト公はギヌメール侯がそんなことをしたなど思ってはいないが、思ってはいないのと、排除する機会を逃さないのは別のこと。


 ギヌメール侯は自分が処刑されては叶わないので、自分が助かるために、エーリヒをジョスランたちの首魁に仕立て上げた。


 エーリヒはこの一件にかんして、まったく関わり合いはないが「関わっていない」と立証もできなかった。

 これだけではエーリヒを首魁として処刑するには弱いが、


「秘めた恋のつもりらしいが、闇の女王は自分の婚約者の不義理は知っていた。わたしの部下に見学を進めたほどだしな。ああ、これがオルフロンデッタ王に知られたら、大変なことになるだろうな」


 トーマス王はカエターンから二人密会を知っていると告げられ――王妃予定のフレデリカとの逢瀬を知られたのは致命的だった。


 そしてオルフロンデッタ王に二人の関係を暴露され、エーリヒは処分された――カエターンがパーティー会場から抜け出し、自ら知っていると伝えにやってきた理由を察することができないほど、トーマス王は馬鹿ではなかった。


「息子を守りたかったのだ」


 カエターンの部下がカサンドラにまとわりついているのは、トーマス王も聞いていた。バルナバスに真意を問う手紙も出していた――返事はなかったが。


「息子の態度がよくなかったな。隠れて未来の王妃と火遊びをしているのはなあ。お前も気付いていたのだろう? 愚かなる王よ」

「…………」

「闇の女王は気にもしていなかった。あまりにも気にしていないので、欲を出してしまったのだよ。あれの欲は、この国くらいならば焼き尽くす」


 トーマス王は、エーリヒとカサンドラの婚約を白紙にした。


「バルナバス殿に良い土産ができた。それでは」



 トーマス王にエーリヒを守る力はなく、過去の失態と今回のエーリヒとフレデリカの密会により、退位することとなった。



 最後にハルトヴィンの護衛を務めていたデュドネ。護衛だというのに、ハルトヴィンの身辺に注意を払うことを怠り、負傷させたものの、「また学生だった」ということで、処刑は免れた。

 もちろん自らの失態を深く反省し、実家の領地の片隅で蟄居し、二度と表舞台に帰ってくるつもりはないとのこと――という形になった。


 デュドネが処刑されなかった理由は、彼とフレデリカは異母姉弟だから


 ハルトヴィンの結婚相手として、先代王はを欲したのだが、必ず娘が生まれるという保証はない。

 そのため五名の女性と関係を持ち、うち二名が身籠もり、一人は女児のフレデリカを産み、もう一人は男児のデュドネを産んだ。

 ハルトヴィンの妻として必要だったフレデリカとは違い、この時点では争いの種になりかねない男児のデュドネだったが、血筋を確保するために、殺されることなく、生母の実家の遠縁の養子となった。


 デュドネがハルトヴィンの護衛になったのは、ハルトヴィンがまったく王宮を操れなかったため、その能力があったデュドネが選ばれたのだ。


 そして今回の出来事により、デュドネを生かしておいてよかったと、事情を知っている者たちは胸をなで下ろした。


 蟄居したデュドネは結婚はしないが、それなりの女性を宛がわれ――その子どもは、デュドネが知らないまま、の跡取りとして迎えられることになる。


**********


 テシュロン学園の卒業パーティーで起こった出来事――第二王子のハルトヴィンがフレデリカに婚約破棄を言い渡したことや、旧王家が元王家を滅ぼそうとしていたことなど、さまざまなことが市中に出回った。


 その結果、結末を知りたい者たちが市井に溢れ――封じ込めることもできないので、ある程度の情報は開示された。


 ハルトヴィンに関して――


 ナディアに刺されたハルトヴィンは、医師たちが最善をつくすも、残念ながら三日後に死亡した。

 それにより食糧援助のさいに結ばれた、両国間の条約は無効となった。

 通常ならば条約不履行により、さまざまな問題が起こるところだが、会場に国王がいたこともあり、あの事件は回避ができなかったということで――後日、新たに会談が持たれることになった。

 旧王家の手の者により殺害された王子のことを、悼む者は少なかった――卒業パーティーでの出来事が、市中に出回っていたので、自業自得だととらえられた。


 エーリヒに関してだが、彼はすべての責任を負い自害した。

 

 フランチェスカがフォス王家の末裔だったこと、フォス王家の残党たちはエーリヒを王にと画策していたので、彼も一味ということになり、国家の憂いをなくすべく毒杯を賜った。

 実行犯のジョスラン・ギヌメール、ナディアを養女にしたラモワン男爵家の一族などは公開処刑された。


 カサンドラとエーリヒの婚約は、毒杯を賜ることが決まる前にに。それに関して、カサンドラの実家ゼータ側は無言を貫き、賠償なども求めなかった。なにも求められなかった王家だが、なにもしないままではいられなかった。

 とくに最近、帝国がゼータの領地トラブゾン地方に頻繁に訪れていることもあり――マクスウェル百貨店の王室御用達の称号を取り上げるような真似はしなかった。


 トーマス王の子が二人とも死亡したことで、バースクレイズ王家の後継者をどうするかが話し合われ、議会が選んだのは王家の傍系ティミショアラ公爵家のフレデリカ。

 彼女の夫が中継ぎの王となり、二人の間に生まれた子に王位が渡ることが決定した。

 そんなフレデリカの夫に選ばれ、玉座に就いたのは元宰相だった。


 政略結婚をすることになった元宰相とフレデリカの仲は不明である。


 不仲ではあったが、長年の婚約者だったハルトヴィンの死は、フレデリカに大きなショックを与えたらしく、彼女は公的な場面に姿を現すことは、ほとんどなかったが、二人の間にはすぐに後継者が誕生した。


 こうして一連の騒動は幕を下ろし――


「発表と真実は違うものね」


 カサンドラは読み終えた新聞を、下げるようクララに命じた。


**********


「なんだと……」


 のハルトヴィンの葬儀に参列していたオルフロンデッタ王の下に、急ぎの知らせが届いた――穀倉地帯が花害にと。


「白と赤い花が咲き乱れているとのことです」


 報告を受けたオルフロンデッタ王は、葬儀を途中で切り上げ帰国の途に就いた。陸路を走らせ、


「国境が見えてきました」


 国境沿いに到着したという報告を受け、馬車の小窓を開け外の様子をうかがうと――


「どういうことだ! 馬車を止めろ!」


 出国するときは、隙間から雑草など生えていなかった石畳の道までもが、赤と白の花に埋め尽くされていた。

 王の声を受けて馭者が馬車を止める。車輪の動きが止まると、オルフロンデッタ王は馬車のドアを自ら開けて飛び降りた。


「……これは……」


 オルフロンデッタ王の目に飛び込んできたのは、地面を覆い尽くす無数の白い花と赤い花――だけではなく、蔦のように伸び建物や木々をも締め付け、見渡す限り花しかなくなっていた。


「…………」


 言葉を失っているオルフロンデッタ王の耳に、涼やかな鈴の音が微かに届いた

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