第25話

 ジョスランに襲われ埋められかけたイーサンは、穴から逃げ出し偽装のために墓で遺体を手に入れて埋め戻したのだが、


「ジョスランを名乗る男に襲われた時に来ていた服を、死体に着せたんです」


 万全を期するために、盗んだ遺体の服を脱がせて自分の服を着せるという作業を行った。


「死体の服を脱がせるのは、切ってしまえばいいので簡単でしたが、服を着せるのは大変で、三人がかりの作業でした。もしかすると、偽ジョスランは服を着せようとしたが、協力者がいないので断念したのではないかと」


 イーサンの実体験に基づく話を聞き、


「ノーラが着ていた服に、犯人を示す痕跡が残ったから……ということかしら?」


 カサンドラも理由の一つとしてはあり得ると思った。


「着替えが持ち出されていた理由も、痕跡が残った制服をはぎ取り、制服を着せようとした可能性も考えられるのか」


 ノーラは夏の制服を二着持っていた。

 そのうちの一着を着用し、もう一着を自宅で洗濯するべく持ち帰ろうとしていた――証拠が付着した着用していた制服を脱がせ、持ち帰りの制服を着せようとした……というのは、おかしな発想ではない。


「制服はどうしても脱がせなくてはならなかった……と考えてもよさそうね」

「全裸で出歩いていたのでなければ、そうだろう」

「絶対全裸で出歩いていないでしょ」


 カサンドラは”どうしてこの男は、こんなにもノーラに全裸で外出する趣味があるのではと疑うのかしら?”と思い、


「そうか? 世の中には全裸が好きという人もいるから」

「誰よ。具体的に挙げなさい」


 名前を挙げてみなさいと聞くと、


「俺たちの皇帝」


 彼らの身近に本当にいた――トリスタンだけではなく、イーサンも頷いたので、それが本当のことなのだとカサンドラは理解した。


「…………」

「カエターンじゃなくて、現皇帝」


 顔見知りの老人が全裸で歩き回るのが趣味だと思ったが――前の皇帝ではなく、カサンドラが見たことのない皇帝だと知り、少しだけ安堵した。

 ちなみに帝国の現在の皇帝が女性なのは、カサンドラも知っている。


「あ、ああ……そういうこと。お前がノーラ全裸趣味説を押してくるのも、仕方ないわね。でも、きっと、違うわ。あとコジマにノーラは全裸になる趣味があったか? なんて聞かないように。父親のホルスト卿にもよ」


 内海を挟んだ向こう側の国の、思いも寄らない常識に――傲慢ではあるが、この国の人間の心情を理解しているカサンドラは、娘が行方不明になって心を痛めている両親に”全裸で出歩く趣味があったのか”などと聞かないようにと念を押す。


「姫さまが、そう仰るのなら。でも事件解決の糸口になるかも知れないから、ジローに聞いてみても?」

「お前ねえ」

「姫さまが前に言ったじゃないか。この国の思い込みが、調査の進展を阻んでいる可能性があるって」

「…………」


 その言葉に覚えがあるカサンドラは、思わず言葉を失い、止める理由も思いつかず――


「他に考えられるとしたら、イーサンと同じく偽装用の服を着せようとしたが、思いのほか死体に服を着せるのが難しくて諦めた……という線か」

「偽装用?」

「まったく理由は思い浮かばないが、ジョスランは何らかの偽装工作のために、死体を一つ用意する必要があった。その偽装する相手によく似ているノーラを殺害したものの、服を着せるなどの偽装工作が上手くいかず、諦めて証拠隠滅のために埋めた」


 死体を一つ用意する必要があるなど、普通は思いつかないが――カサンドラの目の前には、死んだと思わせるために死体を用意する必要があり、実際に用意した人間がいるので「あり得ない」とは言えない。


「人を殺害するより、墓を掘り返して死体を入手したほうが楽なのではないの?」


 だが死体を用意するために、人を殺害するのは短絡が過ぎるのではないかとカサンドラは考えた。


「墓から掘り起こすのは、結構面倒だったらしい」


 トリスタンの台詞にイーサンが頷く。

 墓を曝いた本人の意見を無視するほど、カサンドラは愚かではない――が、その苦労をしてでも、墓を曝いたほうがいいのではないかという意見を捨てられない。


「なにより、あの偽ジョスランには死体運びは無理だな」


 トリスタンが言う通り、ジョスランが学内に死体を運び込むのは無理だ。そうなると――


「ではその線はないわね。いまお前が言った通りよ。ノーラを学園内で殺害して、偽装工作をしたとして、運び出すことはできないでしょう?」

「…………たしかに。姫さまの仰るとおりだ。その線はないか。だが最初はできると思い殺してみたが、思ったより重くて運び出せなかったという線も」


 そんなトリスタンの意見に被せるように、


「標準体型の女子なら運べますよ。なにせ俺を学園内に運び込んだんですから」


 死体と間違われて学園内に運び込まれ、埋められたイーサンが続ける。


(そういえば、帝国は身分や役職に関係なく、忌憚ない意見を述べることが当たり前の風土だったわね)


 いきなり二人の会話に入って来たイーサンにカサンドラは慣れないが、違う目線からの意見を聞くのは嫌ではない。


「死体の重さを考慮しても、生きているイーサンのほうが重いな」


 死体というのは、同じ重さの生者と比較すると、重く感じる。そのことを知っているトリスタンは「そこまで非力じゃなかったか」と――カサンドラも知識としてそのことは知っていた。


「ということは、偽装死体のために殺害したが……持ち出せなかったという可能性は、まだ残るな」


 膝に乗せたカサンドラの髪を愛でる……とは違う手つきで撫でながら、トリスタンは自分の説が消えていないことを口にしたのだが、その口調は不服ではないが、満足そうでもなかった――ようにカサンドラには聞こえた。

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