第24話

 カサンドラは朝の準備を手伝わせながら二、三年生からの在学中の情報を集め――


(庶民には特に印象を残していないようね。フレデリカとの仲は……知っていても、わたくしには言い辛いわよね)


 自らの出生が餓死者を多数出したの一因となっていることを弁えて、出来る限り静かに過ごしていたエーリヒのおかげで彼の話題は少なく、すぐに話題を切り替え違う情報を得られたのは、カサンドラにとって幸いだった。

 偶に気を利かせ同郷の男子生徒に聞き込みをして、わざわざエーリヒの情報を伝えてくれた女子生徒もいた。

 役に立たない情報だと思ったカサンドラだったが、あとあと役に立つことになる――


**********


 テシュロン学園の授業は、実践的な科目が多い。

 その一つに遺跡の操作基礎を教えるものがある。一応全員が対象だが、遺跡を動かす能力がない者は、望めば免除される。

 もっとも遺跡を動かす能力がない者も、能力がないのに基礎を学べる機会ということで、庶民はほぼ全員が授業を取る。


(ハルトヴィンと側近のジョスランとデュドネも授業には出ていなかった……と言っていたわね)


 朝の準備を手伝わせながら集めた情報の中には、ハルトヴィンが授業に出ていなかったと――ハルトヴィンは隣国の王家の血が濃いようで、遺跡を使った王宮内を自在に操ることができない。

 それをフォローするのが護衛のデュドネ。

 武芸の腕はそこそこだが、遺跡を動かすことができるので、古代の叡智を使いハルトヴィンを助けることができるというのが、デュドネが選ばれた理由だった。


 ジョスランに関してはハルトヴィンに従ったのだろうというのが、大方の見方だった。もっとも貴族は、この授業を取らない者も多いので、目立ちはしなかったが。


「ライヒシュタイン伯女」


(ジョスランは王宮でも単独でいることがあるって、オデットが言っていた……)


「ライヒシュタイン伯女」


 考え事をしていたカサンドラは教師に声を掛けられても気付かず――同級生が肩を揺すってくれたことで、思考が途切れ自分が呼ばれていることに気付いた。


「ライヒシュタインと呼ばれることがほとんどなかったから、うっかりしていたわ。悪かったわね。それで?」


 ライヒシュタインと呼ばれ慣れていないのは事実で――教師もすぐに納得し、


「能力値を計りますか?」


 直径七センチほどの卵形の測定器を乗せた台をカサンドラの前に置く。カサンドラにとっては見慣れたもので、計る必要などないのだが、ふとある考えが浮かび、教師に尋ねる。


「この測定器、わざと数値を低くすることや、持っている複数の血のどれかを隠すことなどはできるの? 出来るのだとしたら、やり方を教えてちょうだい」


 生徒の一人が、能力がないようにのを見て出来ることは分かったが、やり方が分からなかったのでカサンドラは教師に尋ねたが、思ったような答えは返ってこなかった。


「出来ないと思いますよ。そんな無意味なことをする生徒なんて、聞いたこともありません」


 能力はあったほうが、善い就職先が決まるので、教師がそう言うのは尤もだった。


「そうよね。そういう噂を小耳に挟んだから、聞いてみたのよ」


 カサンドラは何ごともなかったかのように測定器に手を置き――室内が一瞬にして濃い闇に包まれる。自分の指先すら見えない闇に包まれ、一年生たちは驚きの声を上げる。


(自宅で試してみましょう)


 能力を隠すことなく発揮したカサンドラは、既に熟知している遺跡の動かし方についての授業を取ることにした。


「あなたが授業を取るとは思わなかったわ」


 古い家柄の貴族は、自宅が遺跡を使用している者ばかりなので、動かし方を幼少期から教えられているため、今更習う必要などない。


「わたくしも、取るつもりはなかったわ」


 声を掛けてきたロザリアに、カサンドラは手を振りながら、


「なかったのに、取ったの?」

「ええ。優秀そうなのを四、五人紹介して欲しと、沖天と呼ばれている老人に頼まれたの」


 これは本当のことだった。沖天の老人ことカエターンに「設備の知識があるものを、数名雇いたいので、学内で見繕って欲しい」と頼まれたのだ。

 人の頼みなど滅多にきかないカサンドラは、もちろん断ったのだが、その後カエターンがバルナバスに依頼し、


「お兄さまと沖天の間で、なにやら取引があったらしくて、こうしてわたくしが見極めることになったのよ」

「あら、大変ね」


 引き受けることになった。


「大変と思うのならば、協力して欲しいわ」

「嫌よ。そうそう、この前のの嫌がらせについてなのだけれど、領民に箝口令を敷いたほうがいいかしら?」


 虫の嫌がらせとは寮でナディアに対して行ったもので、を用意したのはロザリアだった。


「そうね。そしてロザリア、あなたも何もしないほうがいいわ」

「気になるのだけれど」

「もう少しだけ待ったほうがいいわ。死にたくないのなら」

「……あら、随分と物騒な話なのね」

「物騒になりそうなだけよ。実際は物騒にならないように、秘密理に終わる予定よ。その後、教えてあげる」

「あなたの教えてあげるほど、信用ならないものはないわ、カサンドラ」

「そうかしら?」


 ロザリアはそれで引き下がり――カサンドラは次の休みに自宅へと戻ると、ジョスラン・ギヌメールではなく、ジョスラン・ブラスローを探しに出ていたイーサンが戻ってきたということで、トリスタンが伴ってカサンドラの自宅で待っていた。


「お前がイーサン。ふーん、それで?」


 最近ではトリスタンが自宅にいることは慣れてしまったカサンドラは、ソファーに腰を下ろしイーサンに尋ねた。

 イーサンが答えりも前に、すぐトリスタンが隣にやってきて、カサンドラの腰を掴んで自分の膝に乗せる。


「お前ねえ」


 羽虫を払うかのように、トリスタンの顔を手で軽く打つが、打たれたほうは気にもせず――


「ノーラの可能性が高いというのね」

「髪の特徴が、フンメル夫人と同じでした。他にもいるかも知れませんが」


 全裸で俯せだった若い女性――髪が特徴的だったので、ノーラではないかというイーサン。


「異論はないのだけれど、どうして全裸にされたのかしら?」


 カサンドラはノーラがだった、という部分が気になって仕方がなかった。


「全裸にされたのではなく、もともと全裸だった可能性もあるぞ。全裸で出歩くのが趣味だったのかも」

「コジマからまだノーラの趣味を聞いていないけれど、絶対違うと思うわ。それで、お前はどうしてノーラが全裸にされて、埋められたのか分かる?」

「趣味以外で全裸となると、難しいな……イーサン、なにか思いつくことはあるか?」


 トリスタンに話を振られたイーサンは、軽く頷いてから、実際の経験から語り始めた。

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