第23話
作業服に着替え男女ともに受ける実技――性別問わず、苦手な者はどんなに我慢しても苦手なようだった。
「う、うあぁぁぁ……」
「ひぃぃぃ!」
「ぎゃああ、むしぃぃぃ!」
「いやああ!」
「きゃああああ!」
ニヴェーバの特産品である絹を生み出す蚕を前に、表情を引きつらせたり、硬直したままだったり、悲鳴を上げる生徒たち。
(ルーリエが言った通り、得手不得手がはっきりと分かれるのね)
廃村が決定し就職口を探さなくてはならないルーリエが「でも無理だったんです」と言っていた養蚕業――ルーリエと同じく蚕を目の前に悲鳴を上げている者たちの一人に、ハルトヴィンに付きまとい、ジョスランに怒鳴られているナディアの姿もあった。
(…………)
カサンドラは蚕相手に悲鳴を上げることもなく、養蚕業とそれを生み出す蚕の授業を終え――ロザリアをお茶に誘った。
ロザリアは二人の小間使い候補を連れて、誘いに乗った。
誘ったカサンドラも、将来の小間使いを二名ほど伴い――ミルクティーとアップルパイを前にして、
「単刀直入に言うわ。ロザリア、わたくし嫌がらせをしたいから虫を融通して欲しいの」
アップルパイを切り分けて口へと運ぶ。
ミルクティーが注がれたカップを手に持ったロザリアは、
「いいわよ」
楽しそうに笑って答えた。
「ありがとう」
「ところで、誰に嫌がらせをするつもりなの?」
「一年で調子の乗っている女と言えば分かるかしら?」
「ああ……あの、男爵家の養女」
我が物顔でハルトヴィンの隣に居座る、ラモワン男爵家のナディア。王子の側にいる彼女は、早くも腫れ物扱いになっている。
「見ていると、彼女は人の注意を全く聞かないのよねえ。だから虐めようと思って」
「あら、いいんじゃない? たしかにあの女、本当に聞かないものねえ」
「だから、虫を頼むわ。彼女、実技の時間も随分と怖がって悲鳴を上げていたのよ”いやぁ! 虫! 気持ち悪い!”って」
カサンドラの笑顔に、ロザリアは「ほうっ……」と、驚いた表情をつくって浮かべた。
「そう……わたくしが用意するのだから、わたくしの手の者が設置していいのよね」
ロザリアの表情は偽物――カサンドラと似たような古くから続く名家の娘が、同格の貴族と話をしていて表情を変えることはない。
ロザリアはわざと表情を変えた。
それが意味することを、理解できないカサンドラではない。
ロザリアは嫌がらせを「譲れ」と言ってきたのだ。
「構わないわ。でも設置した際には、是非とも教えてね。あれが無様に叫ぶ姿を見たいから」
カサンドラにとってそれは想定内のこと――むしろカサンドラとしては、ロザリアを巻き込むのが目的。
「いいわよ。最初から、わたくしを巻き込むことを、目的としていたのでしょう」
「ロザリアには嘘はつけないわね」
「良く言うわ」
二人は声を出さずに嗤った。その二人の嗤いによって作られる雰囲気に、小間使い候補たちは、背筋に冷たいものをはっきりと感じた。
カサンドラ発案でロザリアが実行を命じた、ナディアの部屋への蚕を撒くという嫌がらせは無事成功し――
「男爵家の養女が、第二王子に嫌がらせをされたことを訴えていたそうよ」
ロザリアから事情を聞いたオデットが、結末を教えてくれた。
オデットの腹心になることが決定している者たちが、二人の動向に注意を払い、耳をそばだてて聞いていた所によると、ナディアは寮の私室に虫を撒かれ、困り果てたが寮監を含め、誰も助けてはくれなかったと訴えていたという。
側には殺人未遂犯のジョスランと、護衛のデュドネがおり――デュドネは義憤に駆られ、ハルトヴィンに犯人を探すよう申し出たが、ジョスランが「不調法にも殿下に侍るからだ」と、まっとうな意見を述べ、デュドネとジョスランは睨みあいになったという。
ハルトヴィンが二人の仲を仲裁し――女子寮の寮監に注意をしたが、寮監は「そのような事実はございません」と返されてしまった。
ハルトヴィンはその返答に怒鳴ろうとしたが、学園長から「申し出は届いていない」と聞かされ――いくらハルトヴィンがナディアのことを気に入っていても、ナディア自身が寮監に嫌がらせを受けたと申し出ていないのであれば、寮内では何ごともなかったとされる。
逆に申し出れば、王族であろうが調査対象からは逃れられないのだが、ナディアはこの時、寮監に申し出なかった。
カサンドラはナディアが申告しないことを見越して今回の仕掛け、ナディアはまんまと、仕掛けにはまった。
「面白かったでしょう?」
カサンドラが小首を傾げ――
「まあ面白いわね。今度、こういう面白いことをするときは、最初からわたくしのことも呼んで欲しいわ」
「あら、そちらが仕掛けてもいいのよ、オデット。その際は、是非とも呼んで頂戴。何を差し置いても駆けつけるわ」
「ふふ、わたくしは優しいから、そんなことはできないわ」
「よく言うわ。わたくし、あなたのそういうところ好きよ、オデット。だから大好きなあなたを、是非とも月窓の夜間開店に招待したいのだけれど。他に平民たちも招待しているから、断るなら断ってもいいわよ」
オデットはカサンドラの誘いを受けた――
ナディアの寮内での嫌がらせに対し、ハルトヴィンは婚約者のフレデリカに寮内でのナディアを気に掛けるよう命じていたが、
「三年のフレデリカに命じて、どうにかなるわけないでしょう。馬鹿な男ねえ」
三年生で三年の慣習的監督生ですらないフレデリカには手を出せることではない。
一年生は一年生の監督生に話さねば、なんの解決にもならないのだが――カサンドラに話が回ってくることはなかった。
(そうなるわよね)
これもカサンドラの読みどおりだった。
寮内でのナディアに対する嫌がらせ《・》は、この一度きり。慣習的に一年女子を監督するカサンドラが命じたのはこれ一度だけなので、本当にこの一回だけ――ナディアに対して不服に思っている者たちは少しだけ溜飲を下げ、また王子のハルトヴィンを味方につけ|告げ口をして話を大きくする姿を見て、あからさまに距離を取るようになった。
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