第22話

(つまらない手紙ね)


 寮へ戻る日の朝に届いたエーリヒからのご機嫌伺いの手紙――クララが封を開け、便箋の折り目を伸ばしでトレイに乗せてカサンドラへと差し出した。

 カサンドラは便箋に視線を落とし、


「もう下げていいわ」


 いつもと変わらない、見慣れきった単調な文章を一読して、すぐに下げさせた。


**********


 カサンドラは子爵令嬢のモニカ・フロージアを含む、読書の会の面々が集うサロンに足を運び、彼女たちの話に耳を傾けていた。

 モニカは自己紹介の席で「読書好き」と名乗っただけのことはあり、掛け値無しの読書家でバースクレイズ王国内で流行っているエモニエのシリーズはもちろん、古典にも精通していた。

 他のメンバーたちも似たようなもので、本当に本が好きな者たちのが集っていた。


「ここで神代から続く方々と知己になり、神代の伝承本を拝読させていただこうという、よこしまな気持ちで入学しました」


 モニカの実家は、カサンドラのゼータ家から見れば新興貴族で、神代からの伝承を記した書物などは所有していないため、読みたければその地方へ出向くしかない。

 それも神代の伝承本となれば、その土地を長く治めている一族が、一族の本として所有しており、一般には公開されていない。

 そういった本を読むためには、その一族に伝手を作らねばならず――モニカはテシュロン学園への進学することを決めた。


「そうなの。そう言えばあなた、寮での自己紹介で”神話と推理小説が好き”と言っていたわね」


 推理小説はなので、入手するのは難しくないが、神代から語り継がれる神話となると、流通に乗っていないので、手に取る迄にクリアしなくてはならない事柄がいくつかある。


「覚えていて下さったのですか!?」

「ええ。驚くことないでしょう。あなただって、わたくしの自己紹介を覚えているのでしょう?」


 なぜ驚いているのか、カサンドラには全く分からなかったが――読書の会のメンバーも驚いていたので、驚かれるようなことをしたらしいとは思ったが、全く心当たりがないので話を続ける。


「それは、そうなのですが……立場が違うといいますか……」

「それはいいわ。トラブゾンの我が家に伝わる本も読んでみたいということね」

「あ、はい!」

「あなた、本当に面白い理由で入学したのね」


 心から”面白い”と思い、モニカの親の許可が下りるのであれば、卒業を待たずとも長期休暇の際にトラプゾンにあるゼータの城へ招待すると――


「殿下のお側に近寄るな!」


 モニカに言おうとした時、サロンの一角から大声があがった。

 カサンドラたちは声のほうへと視線を向けると、第二王子ハルトヴィンの隣に、くっつくように座っているナディアの姿。

 怒鳴りつけたのはジョスラン。

 もともと距離が近かったナディアは、更にハルトヴィンに身を寄せ袖を掴む。カサンドラは少し離れているので分からなかったが、


「大声を出すな、ジョスラン。ナディアが怯えて震えているではないか」


 震えている――らしい。


「殿下から離れろ。男爵令嬢」


 ハルトヴィンの言葉を無視するかのように、ジョスランは再び大声をあげ、ナディアに離れろと警告する。


「黙れ、ジョスラン」

「殿下!」

「黙れと言っているのが聞けないのか!」


 ハルトヴィンはナディアを守るように彼女の肩に手を乗せ――ジョスランは俯き、


「失礼いたしました」


 ハルトヴィンたちから少し離れたところへと移動した。

 このやり取りは、最近サロンでよく見られるもの――ハルトヴィンの側近はジョスランの他に、デュドネという武芸に長けた、カサンドラの一つ上の男がいる。

 デュドネはナディアを甘く見ているのか、ハルトヴィンに全面的に従っているのかは分からないが、ハルトヴィンに近づくナディアを遠ざけるようなことはせず、護衛としての任務をろくに果たしていない。

 結果としてジョスランが単身で、ハルトヴィンに近づかないよう動き、不興を買っている――


(殺人未遂犯という先入観がなくても、おかしいのよねえ……あのギヌメールジョスランがやっていることって)


 ジョスランは頭の悪い男ではないのに、カサンドラが見かけただけで既に三回も、公衆の面前でナディアを怒鳴りつけ、ハルトヴィンに「注意する必要はない」と言われている。

 ジョスランは宰相の養子で、王子の側近なのだから、一二度注意をして聞き入れられなかったならば、養父に早々に伝えて、後は上層部に任せ静観するべきなのだ。


(上層部がナディアの排除に乗り出さないということは、上層部が認めているということなのだから、ギヌメールジョスランが口を出すのは違うのよねえ。報告をしていないというのならば、また別だけど)


 騒ぎが収まったので、カサンドラは何ごともなかったかのように、読書の会の他のメンバーも領地へと誘い――読書の会のメンバーたちは喜んだ。


(将来……ねえ)


 寮に戻ったカサンドラはメモ帳を取り出し、濃紺のインクでぐるぐると円を描き、思案に耽る。


 読書の会のメンバーの多くが、将来は司書になりたいと希望し、図書室を持つ貴族と接触を図るためにテシュロン学園に入学したのだと語っていた。

 で入学する生徒がいるとは、カサンドラは思ってもみなかったので素直に驚いた。


 大枠で見れば「各地に伝手を作る」という、テシュロン学園の存在理由そのものなのだが、読書の会のメンバーの話を聞いていて、多種多様な進学理由がことをカサンドラは知った。


 そして裕福な庶民というのは、貴族などに仕えず、自らの知識を高めるため――就職先を得るための進学は滅多にないということも知った。


(ノーラの進学理由って何かしら……ただ通わせただけ?)


 裕福な庶民として進学したノーラの進学理由が気になった。


(貴族として迎える予定はないと卿は言っていた。跡取りのジローもいるし、ジローにも嫁いだ娘のデボラにも息子が複数いるのだから、ノーラをホルスト家に迎える必要はないものね。ということは縁談はない。婚約者がいるとは言っていなかった……進学理由が行方不明に関係あるかどうかは分からないけれど……)


 ノーラの失踪、またはジョスランに殺害された理由に繋がるかもしれないと、カサンドラは「進学理由」と「趣味」を探ることにし――円を描いた紙を丸めてゴミ箱に捨てた。

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