第26話

 カサンドラたちがノーラの遺体について、話し合うのには理由がる。


 ”ノーラ・アルノワをジョスラン・ギヌメール”――と確定したわけではない。いまカサンドラたちが確実な証拠として握っているのは、

”ブラスロー家から養子に入ったジョスラン・ギヌメールは、ブラスロー家のジョスランではなかった”

”帝国の使者を殺害し埋めた”

”使者を埋めた穴には若い全裸の女性の遺体という先客がいた”

 というものだけで、ジョスランが殺害したという確固たる証拠はなかった。


 本当にジョスランが手を下したのかどうかを調べるための方針を、遺体の状況から導き出すしかない――


「制服が欲しかったというのは、どうでしょう?」


 イーサンの発言は、カサンドラには思いも寄らないものだった。それというのも、テシュロン学園の制服の中古品は流通に乗らない。

 中古の服を売る店はあるが、テシュロン学園の庶民の制服は、基本的に領主が買い取る、若しくは回収する。

 領主の推薦で学園に通う生徒たちの制服は、すべて領主が整えるので、卒業後に回収し、新入生に新品の制服の他に予備の一着として渡すのが、一般的だった。

 貴族の制服は、財力を示す意味で全て新品というのが暗黙の了解なので、処分される――スカート丈を短くしたり、カフスを取り外したりして庶民の制服にリメイクされるようなことはない。

 なにせ生地そのものが違うので、仕立て直すわけにはいかないのだ。


「制服が欲しい? それはまた斬新な意見ね。続けなさい、イーサン」


 なので「制服が欲しい」というのは、言われてみれば「ない」とは言えない――なにに使うかまでは分からないが。


「はい、ゼータの姫君。ノーラという人物は、休みごとに実家に帰るのですから、殺害だけが目的の場合はを選ぶはず。最大の利点としては学外で殺害したほうが、犯人が絞り込みにくくなること」

「もっともな意見ね」


 ノーラの殺害が目的であれば、イーサンが言う通り、学園の外のほうがよい――とくに犯行を隠す気持ちがあるのならば、尚のこと。

 そしてジョスランは学園内で慣れない肉体労働で穴を掘り、ノーラを埋めて隠したということは、ジョスランはこの殺人を隠したいということに、他ならない。


「ですが現在、死体は学園内に埋められている。学園外で殺害して運び込んだのでなければ、学園内で殺害する理由があるはず」

「そうだろうな」

「メリザンドから渡された資料には、帰宅する際には制服を着用し、髪型にも指定があると書かれていたので、ノーラはその恰好をしていたはず。だが穴の中にあった死体は全裸でした」

「そこは間違いないのね? 本当に女性の遺体が穴にあったのね?」


 ”ノーラ・アルノワの遺体が学園の敷地内に埋められている”この事実は、イーサンという男の証言だけが頼りで、カサンドラは実際の遺体を見てはいない。

 もちろん進んで見たいわけではないが、確認はしておきたいと考えているのだが、埋めた犯人のジョスランが学園内にいるので、ジョスランに勘づかれないよう近づいてはいない。


「死体を運び込み埋め直すために、わたしの他に二人ほど学園内に忍び、その時に死体が全裸だったのは見ています。今日はここにいませんが、その二名にも確認してきました。それで忍び込んだ仲間たちと、資料を読んで気になったのですが、あの死体の側に制服もそうですが、洗濯物が入った大きめなバッグというものは、なかったと記憶しています」


 カサンドラの問いに答えるとともに、イーサンはある筈のものがなかったと証言した。


「埋まっていなかった?」


 コジマとメイドの話では、ノーラは必ず洗濯物を持って帰ってきていたという――


「はい。間違いなく死体だけでしたね。目に付いたら一つくらい持ちだして身元を割って、交渉材料の一つにしました」

「交渉事の事前調整に遣わされる者らしい意見ね……でも、洗濯物が入ったバッグが近くになかったというのは、新しい情報ね」

「たしかに……ノーラではなく衣類に用があったってのは、悪くないな。庶民の制服が欲しいのなら、王都の住民を狙うのは理にかなっている」


 ジョスランは貴族なので、貴族女性の制服ならば入手方法は幾つかある。

 そして王都の住民を狙う理由だが、地方民は在学している領主の子女がすぐに探すように命じ――王都の貴族とは違う調査組織が出てくるので、誤魔化しづらい。

 その点、王都出身者は一応は王族の民だが、王子であるハルトヴィンが調査を指示することはなく――たとえ調査を指示したとしても、実際に動くのは犯人と思しきジョスランなので、いくらでも誤魔化せる……はずだった。


 ノーラがホルスト卿の愛人の娘でなければ――


 カサンドラを太腿に乗せて話を聞いているトリスタンも、イーサンの意見に同意をみせたものの、何かが気になっているようだった。


「ノーラの身元を隠したかった? いや、違う気がする。イーサンが言っていることは分かるし、説得力もあるが、なにか違和感がある。いや、ずっと違和感があるのだが」


 トリスタンは、長い腕でカサンドラを抱き込む。


(真面目な発言をする体勢じゃないと思うのだけれど……まあ、言ってもどうにもならないわよね、これ)


 ただ言ってもどうにもならないが、何もしないというわけではなく――トリスタンの暁に似た一房の紙を握り引っ張った。

 だがトリスタンが気にする筈もなく――


「姫さま細いな」

「普通よ」

「姫さまって非力だよな」

「お前に比べたらね」


 カサンドラを抱きしめながら質問していたトリスタンの腕が、不意に緩む。


「姫さまが人を殺して穴を掘って埋めるとしたら、どうする?」

「お前は何を言っているの? そして人を殺すのも、穴を掘るのも埋めるのも、お前にやらせるわよ」


 心底呆れたといった口調で、カサンドラはそう答えた。


「その際は、いつでもご命令を。それはそれとして、俺たちはジョスランよりも遙かに強いんで、腕力や体力がない人間がどう動くのか? よく分からないんだ。この室内で、もっともひ弱なのは、姫さまだから。是非とも教えていただきたい」


 言われたカサンドラはトリスタンの二の腕を掴み、イーサンを手招きで喚び、彼の二の腕をも掴みながら、自分の二の腕に触れ――


「堅いわねえ、お前たちの腕…………そうね、わたくしが単独で人を殺めて埋めて犯罪を隠そうとしたら、まずは穴を掘るわね。そして……」

「やっぱりそうか!」


 カサンドラが言い切る前に、トリスタンが重ねる。


「なにが?」

「穴を先に掘るってところ」


 言われたカサンドラは、腕力に自信があり、人を殺害し慣れているトリスタンたちにとっては、死体を隠す穴を先に掘る必要はないことを理解した。


「ノーラ殺害理由は、イーサンを殺害後に埋める穴を掘っているのを見られたから……ではないだろうか? 学園敷地内の外れで大きい穴を掘っていたら不審だろ。ノーラがどうしてそちらへ近づいたのかは知らないが、これから犯す殺人を隠蔽するための準備として、人気のない場所で穴を掘っているのを見られたら、ジョスランは口を封じようと考えるはずだ」


 人を殺害するのには、あまりにも短絡的で愚かしい理由だが――この理由と言いたくもない理由に、カサンドラは納得した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る